秘密 最近、貴方に秘密にしていることがあります。 血盟城が静寂に包まれるころ、俺はユーリの寝室に向かう。 ……初めは、ほんの出来心だった。規則正しい寝息を立てるユーリが、あまりに無防備で、可愛らしかったから。 気がついたら、小さい唇に触れていた。唇で。 その時、心の中で苦笑した。無意識にキスするほど、貴方を求めていることに。 それ以来、浅はかな行為を抑えることが出来なかった。護衛を兼ねて、毎晩、王室を訪ねては、幸せそうに緩む唇にキスをした。 扉を開くと、蝶つがいが、重々しい音を立てる。ユーリを起こしてしまうのではないか、と心配になる。せめて、靴音を立てないように気をつけて、彼のベッドに向かった。 いつもの安らかな寝顔があると思ったら、今日は黒い大きな瞳と目が合った。 キスが出来ないのは、少し残念な気持ちもした。けれど、起きているユーリに逢えるのも嬉しくて、目を細めた。 「眠れないのですか?」 優しく問い掛けて、彼の頭を撫でた。素直に撫でられる彼は、相変わらず可愛らしい。けれど、どこか様子がおかしい。 「うん……。だ、だってさ、ドキドキして……」 ユーリは、俺から視線を逸らす。心なしか、頬が上気しているようだ。 もしかして……毎夜、キスしていたことに気がついた? 相変わらず、ユーリは俯いたままだ。 背筋に緊張が走る。息を詰めて、彼を見つめる。 「あ、ほ、ほらさ! 明日は、グレタの勉強してるところを見に、カヴァルケードまで行くじゃん! なんか、父親として、初めて頑張ってる娘の姿を見れると思うと嬉しくて、気分が昂ぶって、寝付けなかったんだ」 彼は、こぶしを熱く握り締めて語った。その様子に、こちらの肩の力が抜けていく。 「そうでしたか」 よかった、彼にキスしていたことを気づかれなくて……。 そんな想いは、決して態度に出さず、ただ優しく微笑んだ。 分からないように、そっと息をつくと、ぽんぽんとユーリの頭を撫でた。 ユーリも、気分が落ち着いたのか、大きく息を吐いた。 「眠れないようなら、しばらくお側にいましょうか?」 「ううん、だめ。あんたは、ただでさえ働きすぎなんだから、ちゃんと休んで。これは王令だからな」 少年らしい凛とした声が、耳に心地いい。自然に気遣いの出来るところも、可愛いらしい。 「はい、陛下」 「陛下言うな、名付け親」 僅かな月明かりが、雲の切れ間から差し込むと、ユーリの楽しそうな笑顔を映した。刹那、胸が締め付けられそうになった。 俺が、貴方にキスしたいほど好き、だなんて言ったら、もうそんな笑顔は見せてくれませんか? 「そうでした、ユーリ」 いつもの台詞を返すだけにした。けれど、せめてもの思いをこめて、甘く彼の名前を呼んだ。 いっそのこと、彼に気づいてほしいとさえ思った。彼に、毎晩キスしていたことを。 「おやすみ、コンラッド」 月光のような涼やかな声に、暗く沈みかけた意識は浮上する。 ユーリは、満足そうに微笑んだ。月明かりに濡れる黒髪も、つぶらな瞳も、小さな唇も、全部が無垢、そのものだ。 感嘆のため息さえ、出そうになる。 ―― この人は、守らなくてはいけない。 そっと胸の中で誓う。 「おやすみなさい、ユーリ」 ―― だから……秘密はいつまでも、そのままに。 |
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