「おい、何冊借りる気だ」

どさどさとカウンターに本を積み上げ、その向こうから笑みを浮かべる男にかすがは冷たい視線で応えた。いつもながらに質の悪い男のひとりやふたり、その眼光だけで追い払えそうな迫力をしている。

土曜の放課後の図書室は数人の生徒しかおらず、その大部分も常連なので室内は静かなものだ。人が少ないのでひんやりした空気の流れが直撃するカウンターの中にいるかすがは、外は夏日だというのにきっちりとブレザーを着たまま目の前に立つ佐助を睨んでいる。

「えーとね、こっちの半分が返却。で、こっちの5冊が今日借りる方」

冷ややかな対応にもまったくめげずに佐助が指さした先には、料理、手芸、整理法などの文字がピンクや赤の目立つ文字で並んでいた。その文字を凝視してから、かすがは目の前で笑顔を浮かべたままの佐助を呆れたような顔で見る。

「嫁にでも行くつもりか?」
「そうねぇ、もらってくれる人がいればそれもいいかもねぇ。あ、かすがちゃんどう?俺良い働きするよ?主夫ってのもいま流行だし?」
「長生きしたかったら口を閉じろ」

てきぱきと本の貸出票に返却日付を押しながら、かすがはしなを作って軽口を叩く男に再び鋭い眼光を返す。処理の終わった手元の本を再び男の前に乱雑に積み上げると、判決を告げる裁判官のような有無を言わせぬ口調で言い放った。

「貸出期間は2週間。もし1日でも過ぎれば…わかってるな?」
「はいはいわかってまーす。死ぬ気で守りますんでご安心を」

気を付けろ、と見目美しい女生徒は相変わらずにこりともせずに答えると、カウンターの向こうにある椅子に腰かけて手元の本を広げた。その様子を見ながら、あれ?と佐助が不思議そうな声を出す。

「かすがちゃんも本読むんだ?意外ー」
「…お前、本気で死ぬか?」
「いやいやだってさ、かすがちゃんが図書委員やってるのって、」
「謙信様がいるから」
「ですよねぇ」

本から目を離さずに即答したかすがにうんうんと頷きつつ、佐助は本で重さの増した鞄をよっと、と声をかけながら持ち上げる。

「これは謙信様が貸してくださったのだ。だから読んでいる」
「あ、なるほどねー。じゃあさ、今度俺の好きな作家の」
「読まない」
「ですよねぇ」

苦笑しつつ片手でひらひらとこちらを見向きもしないかすがに手を振り、佐助は図書室のガラス扉を押した。外は図書室内とは違う生ぬるい空気が流れ、窓からは午後の練習に励む運動部の生徒の声が聞こえる。

佐助はその声をぼんやり聞きながら、一冊だけ手に持っていた借りたばかりの本の返却日を眺める。たしか来週の彼女の当番は水曜日だ。どうせわざわざ返却しに足を運ぶなら、面白い方がいい。

謙信さまさま、と佐助は呟いて軽く鼻歌を歌いながら、まだ多くの生徒が残っている校舎を後にした。




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さすが。っていうかなんていうか。学園はパラダイスですね。

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