22

陽のあたる世界の傍らで。
この暗い日陰に染み込む硝煙と血の匂いは強く。
高架下に響いた銃声が、今日も誰かの命を浚っていく。

それは、立ち昇る紫煙と同じくらいに見慣れた光景――。


―「盲信」―

「久しぶりに撃つと反動で右手が痺れるやね…」

目前には、すでに事切れた誰かの体が転がっている。
頭上を通り過ぎる快速の風と音が、幾つ季節を巡らせようと。
そこから流れてくる血の色だけは変わらない。

「東条か出雲か…。ま、どっちでもイイけど」

自分の顔が映りこんだその赤に、ふと思い起こされて。
久保田はポケットから携帯を取り出した。

掛ける番号は、ただ一つ。
電話口に出た時任の声音は予想通り不機嫌そのもので。
それでも、久保田の呼吸を緩ませるのには十分だった。

『カレーのルー買うのにいつまでかかってんだよッ、久保ちゃん!』

「ごめん。今帰る途中なんだけどね」

ルーの買い忘れに気付いて、時任に頼んだカレー鍋。
責任感の強い時任の事だから、任された鍋の前を離れる事もなく。
ただの水で煮えゆく具材を見つめ続けていたに違いない。

…ああ見えて、実は結構生真面目なんだよねえ。


「それより時任、福神漬けってまだ残ってたっけ?」

「福神漬けって、あの赤いやつか?」

「そう、それ。今ちょっと思い出して…」


屍から、つらつらと流れてアスファルトを染める血の海は深く。
その色に呼応するかのように、脇腹に喰い込む熱がじわりと疼いた。

「あのなあ、久保ちゃん」

「うん?」

掌を濡らすほど強く押し付けるのは形だけの止血。
今はそう。撃たれた痛みより強く、流れ出す血よりも鮮明な言葉が欲しい。
俺は、お前がいなくちゃ帰る場所も分からないから。


「ンなのいいからさ、早く帰って来いって。久保ちゃんがいないとカレー出来ねぇだろ」


――罪と穢れを告白する事もなく。
――何を犠牲にしても構わない。


「もうすぐ帰るよ。だから、……待ってて」



――俺だけの神様の元へ、一歩ずつ。



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