青桃っぽい感じで  第二十六幕終了後
「ま、茉子!」
 呼び止めた後、相手はあっさりと振り向いてくれた。
「何、流ノ介?」
 その表情は普通だ。固くも無く柔らかくも無く。自然体で、ただ呼び止めた自分を不思議そうに見返す。……怒っている様子はない。
 ゆえに、腕に抱える数冊の本に目が行った。
「あ、いや、これは………」
 慌てて茉子が隠そうとするが、だからこそ流ノ介は、呼び止めて然るべきだったと自分の行動に賞賛を送った。
 言え、と戸惑うように目を伏せる茉子を前に、流ノ介は唾を飲み込んだ。
 覚悟を決めて切りだす。
「その、昼間のことなんだが………すまなかった! あんなことを言ってしまって……」
「別に良いよ。それより、あたしのほうこそ悪かったし……」
「茉子が謝る必要などないだろう! 謝るべきは私のほうだ。茉子は、我々のために作ってくれたんじゃないか、それを………」
「もう良いって。あんなもん食べさせてたんだもん、言われたって仕方がな」
「仕方がないなんてことはない!!」
 強引に相手の言葉をさえぎった。突如出された大声に茉子が驚く。流ノ介はその勢いのまま、立ちすくむ相手に詰め寄った。
「茉子、確かにお前が作ったものは美味いとは言えない! でも、お前が作ったというその気持ちは、とても美味いと思う!」
「はあ?」
 何を言い出すのかこの男は、と思いきり凝視すれば、流ノ介はいいから聞けと茉子を制した。
「良いか? 物事には何にでも、順序というものがある。千里の道も一歩から、ちりも積もれば山となる、思う一念岩をも通す! 先人たちが数々の言葉を残してくれているように、最初は出来なくても努力を重ねればいずれは目標に到達することが出来る。料理だって同じだ。どんなに不味くても、作り続けていけばいずれ美味いものを作れるようになる」
 判っていることといえども、改めて不味いと公言されるととても傷つく。というかそれを通り越して腹が立つ。
「悪かったわね、人外の物を出して!」
「ま、待て待てっ、まだ話は終わってないぞ!?」
 慌てて憤る茉子を宥めて、こほん、と流ノ介は咳払いをした。
「あー、つまりだな、末子。お前は今から練習に励むのだろう?」
「そうよ」
 そのために購入した料理本だ。他にどんな使い道があると言うのか。
 流ノ介はしきりに「うむ、うむ」と一人納得しまくった後、言った。
「練習するということは、飯が出来上がるということだ。味はさておき」
「微妙にひっかかる言い方だけど、そういうことにはなるわね」
 だんだんと茉子の目が据わってくる。まったくもって、何が言いたいのかが判らない。
 そのまま伝えて見せれば、だからぁ! とやたら意気込み強く前に付けた後、なぜか急にしおらしくすぼみ、珍しくも人の顔から思いきり目を逸らしあらぬ方向を向いてから流ノ介がぼそりとつぶやき言った。
「………私が、その、試食をしてやろうと思って」
「試食って……」
 つまりは、これから練習して出来たものを、流ノ介が食べると言っているのだ。
 さすがに慌てた。
「ちょ、ちょっと待って。私は、これから練習するのよ? とても人に食べさせられるようなものになるまで時間、どれぐらいかかるか判るもんじゃないのよ?」
「それでも、美味いか不味いか判断する者が必要だろう」
「なんでそれが、流ノ介なのよ」
 ぐ、と流ノ介が言葉に詰まった。最も痛い部分を突かれた、そんな顔で固まる。
 だがそれは二秒ほどのことで、ふいに彼は笑いだした。
 いきなり笑いだした男に正直引きそうになったが、末子が完全に後ずさりを開始するより、流ノ介が勢いを取り戻すのが先だった。
「なぜかだと? それは私ならば、茉子がどんなものを作っても食べきれる自信があるからだ!」
「自信って……何を根拠に言うのよ?」
「忘れたのか? 私は、お前が作ったものをちゃんと全部食べきったんだぞ!」
 それはいつのころだったか。
 ホームシックにかかった流ノ介を励ますために、末子が用意した夜食。
 あの時何やらやたらと咽まくりながらも、流ノ介は弁当箱の中身を空にした。気のせいか食べ終わることにはげっそりとしていたようだったが……言われれば確かに、言葉に間違いはない。
「それは……そうだけど、でも……」
 だからと言えども、これからどんな味がするものを出すか判らない。誰かが食べてくれるのならば、美味しいと言ってくれるものが良いに決まっている。
 だから、まだ味が不明な物だと判っていながらも、作ったものを差し出す気には茉子はなれなかった。
 おずおずと聞く。
「………本気?」
「本気だとも」
「………絶対?」
「あぁ、絶対だ!」
 流ノ介の目は真剣だ。もとよりこの男はいつでも直球すぎるきらいがあるので本気とマジボケの境目がとても不明なのだが、今は果たしてどちらだろうか。
 じっと相手の目を探る様に見つめた後、ゆっくりと口を開く。
「じゃぁ……お願いして、いい?」
「ああ、任せろ」
 どんと胸を叩く。その仕草が何だか仰々しくて可笑しくて、思わず茉子はくすりと笑った。
 知らなかったわ、頬に手をやって、
「流ノ介がそんなに食いしん坊だったなんて……。てっきり千明だけかと思っていたら」
「なぁっ!? 今の流れでなんでそーなるんだっ!?」
 本気の叫びに、末子はくすくすと笑った。
「冗談よ」
 ほっと流ノ介が胸をなでおろす。それを見ながら、今度は悪戯っぽく笑って見せた。
「そこまで言ったんだから、覚悟していなさいよ? 練習、いくらでもするつもりなんだから」
「う、うむ。男に二言はない!」
 若干うろたえながらも胸を張った流ノ介はもう置いて、話は終わったと部屋へと足を向ける。
 数歩進んで、茉子は思い出したかのように付け足した。
「流ノ介」
「な、なんだっ!?」
 どういうわけかうろたえて反応した相手に微笑んで見せる。
「ありがと」
 ぽかん、と流ノ介が間抜けにも口を開けて止まった。
 やがてその後、顔を赤くしながらも嬉しそうに笑う姿を見て………悪くはないかな、と心の中でこっそりつぶやいたのは、誰にも言わないでおこうと茉子はひそかに誓うのだった。

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