2012/06/15 まほよSS(ボツ)


 放課後の生徒会室には、青子と鳶丸の二人だけ。
 二人は黙々と書類整理に勤しんでいる。
 ただし、青子が手にしている書類は、青子が恐れられる原因とも言える個人情報満載のマル秘ファイル。
 また新たに脅せる弱みでも握ったのか、面倒臭そうな顔をして書き込んでいた。

「なあ」
「何よ」

 青子は目線をあげようともしない。その反応は織り込み済みで、鳶丸の方もペンの動きは止めていなかった。

「その資料、草十郎のページが抜けてんのは何でだ?」
「ん」

 唐突な質問に、青子の手が止まった。鳶丸が走らせるペンの音だけが微かに耳朶を打つ。
 一瞬の間を置いて、鳶丸はその反応に怪訝な視線を投げかける。

 鳶丸は、この資料に目を通せる学内唯一の存在だ。
 よって、この資料がどれだけ悪辣なものかは熟知している。
 青子がこの手の資料を悪用するタイプではないと分かっていても、自分のページがあるのには薄ら寒い思いをしてきた。
 しかし、この資料には青子のページさえも存在する。
 大事なところにはマスキングが施されているが、一応、形としては、そのページは存在するのだ。

 なのに。
 静希草十郎。彼だけは、この暗黒秘密ファイルに弱みを握られるでもなく、安穏とした日々を過ごしていた。

「アイツって、弱みとかあるの?」
「ああ、確かに……って、いやいや、あるだろ」

 思わず頷きかけた鳶丸だったが、よく考えてみれば弱みならある。
 それも、割りとたくさん。

 簡単に見つけられるのはバイトだろう。
 規則破りのバイトを、彼がいくつも梯子しているのを鳶丸は知っている。
 その程度、青子が知らぬはずもない。
 何せ、同居しているのだから。生活時間さえ完璧に把握できているだろう。

 それに、そう、同居。
 『あの』、青崎青子と同居しているのだ。
 これが弱みであらず何だと言うのか。

 いくら人畜無害の代名詞、静希草十郎が相手とは言え、暴動ものの事実である。
 今尚、恐ろしいまでの伝説を築きあげているとは言え、それでも青子の人気は凄まじいものがあるのだ。
 噂から目を背け耳を塞ぎ片思い続行中の健気な男子生徒は、それなりの数に上る。
 彼らを諦めさせることこそ、鳶丸が学生として行える最大の善行だと、彼は信じて疑っていない程だ。
 
 そんな青子との同居生活。いや、坂の上の魔女は二人なのだから、同居、同棲というよりは雑居と呼ぶべきか。
 まぁ、青子本人からしてみれば弱みにはならないというのは頷けるが。
 何だか、草十郎だけが特別扱いされているようで、鳶丸としては面白い。

 あの、誰に対しても容赦なく、思うままに生きるこの女傑が、手心を加える相手だなんて。
 なんて面白いネタだろうか。好奇心は猫を殺す。青崎のゴシップは心を折る。
 地獄への片道切符だと分かっているのに、ついつい地雷原の只中に足を踏み入れてしまいそうだった。

「確かに、あるにはあるわよね。バイトとか。……水泳部とか」
「水泳部……?」

 不穏な目つきで呟く青子。思いもよらぬ単語に、鳶丸は首を傾げる。

「まぁ、このファイルにアイツの名前がない理由は簡単よ。アイツ相手にこんなの使う必要ないもの」 

 それは本心なのだろう。再び動き出した手も、その美声にも、淀みはない。
 ただ、その声に若干の親しみがあったのかどうか。
 2年の付き合いになる鳶丸にも、判断はつかなかった。

「必要ないってのはどういう意味だ?」
「こんなデータじゃなくて、物理的に弱みを握ってるって話。脅す必要もないわ。まぁ、脅しが効くのかって問題もあるけど」

 草十郎はあれで頑固だ。その事を、青子が一番実体験として知っている。
 その頑固さのおかげで、こうして今青子が生きているのも事実なのだから。

「物理的、ねぇ」

 面白そうな話ではあるが、物理的と言われると恐ろしくもある。
 友人の幸せは祈るくらいが丁度いい。うん。断じて我が身可愛いさの逃避ではないのだ。

「でも、何で突然そんな話始めたわけ?」
「ちょっとした好奇心だよ。最近、やたら会長が草十郎を特別扱いしてるような気がしただけさ」

 内心、青子はうぐっと唸った。
 特別扱いの自覚は、ある。まぁいい意味ではないが、それでもだ。
 このビンゴブックに草十郎を載せないのは、否、載せられないのにも止むに止まれぬ理由はあるのだ。
 彼の過去、秘密は、こんなファイルに書き留めて、誰かの目についていいものではない。
 その詳細は、青子さえ“忘れて”しまっているが、それが酷く苦しいモノだったのは感覚として残っている。

 そんな感傷を脇に置いておくとしても、彼の過去を詮索する事に意味は無い。
 少なくとも、学生生活を営む上では、開けてはいけないパンドラの箱だ。

「好奇心はいいけどね、鳶丸。友達の過去を探るなんて、いい趣味とは言えないわよ」
「そりゃそうだ」

 趣味の話をするのなら、そもそもそのファイルの存在こそ趣味が悪いどころの話じゃないし、友達の過去を暴きまくっているのはこの女なのだが、鳶丸は突っ込まない。
 黙々と、仕事を進める。

 ただ。一つだけ、考える事もあった。

 “友達の過去を探るなんて”

 それは、もしかすると、自分の事を棚に上げた発言なんかじゃなくて。
 単に、このファイルに名を連ねている各々を、友達だとは思っていないのではないか、と。




ついでに一言あればどうぞ(拍手だけでも送れます)
お名前
メッセージ
あと1000文字。お名前は未記入可。