英雄は彼方へ消える 嘘予告No.16
「資格なんていらない」









「本当に、私で良かったんですか?」
「ん?」

 振り返って小太郎は首を傾げる。
 良いも何も、そもそも頼み込んだのは小太郎の方だった。

「私じゃ、足手まといではないですか?」
「……そやなぁ」

 正直過ぎる答えに、流石に愛衣も凹む。
 小太郎がこういう奴だと言うのは分かっていたが、それでもだ。

「でもま、これも修行やし。他に選択肢もなかったろ」
「……身も蓋もないですね」

 まぁ。確かに愛衣の機嫌が悪くなるのも分かる話だった。
 村上夏美。つまりは、小太郎の身内……というか、恋人っぽい女の子を奴隷から解放する為に拳闘大会のパートナーになってくれ、とか。
 これで機嫌が悪くなる程度には、愛衣も小太郎と時間を過ごしていた。

 とは言え、別に小太郎が夏美の事を恋人だと紹介したわけではない。
 が、愛衣は漠然とそう察していた。
 少なくとも、夏美の不器用な想いは見ぬいていて。
 小太郎の、愛衣には見せない気安さをその目で確認した。

 その上で、拳闘大会のパートナー。
 単なる力試しなら、きっと愛衣は喜んで協力しただろう。
 この一週間程の小太郎との共闘で、確実に愛衣は一段も二段も成長している。
 その延長線上だと考えれば、断るなんて勿体無い事はできない。

 けれど、現実にはそうじゃない。
 必要に迫られての事だ。何としても、小太郎は拳闘大会で優勝し、彼女らを解放する為の賞金を得る必要がある。
 そんな、絶対に負けられない戦いの相棒として選んでくれた事は、素直に嬉しかった。

 けれどそれ以上の重圧が、愛衣の肩にはかかっている。
 誰かの為に役立つ事と、誰かを救う事。
 その意味の違いが。
 この旅を通して、愛衣も薄々は自分の本質が見えてきていた。

 つまり。別に愛衣は、誰かを救いたいわけじゃないこと。
 命までとは言わずとも、これからの長い時間、自由を奪われた女の子を助ける行為に対して、機嫌が悪くなってしまうのだから。
 無私なんて出来ない。
 楽しみたいし、楽をしたいし、喜びたいし、強くもなりたい。
 自分を殺して、何も願わず、ただ誰かの為に捧げる人生などまっぴらだ。

 それが自覚。
 だからこそ、愛衣は不機嫌だった。
 そんな自分が、堪らなく嫌だった。

 身内ではっても。何の疑いもなく、全ての努力をかけられる小太郎に、負い目がある。
 マギステル・マギを目指す自分が。
 酷く場違いで、だからこそ、こんな大切な戦いに赴く資格なんてないんじゃないかと。

「でも、ま」

 ふと、小太郎が空を仰ぎ見た。
 夕焼けももうすぐ闇に落ちる。雲ひとつない空は、瑠璃色に溶けていた。

「アンタで良かったって、俺は思とる」
「え?」

 恥ずかしいのか、愛衣から顔を背けて、そんな。

「アンタと一緒が、一番戦いやすい。アンタは、俺の事分かってくれてるって、そう思う」

 ニカっと笑って。どこか甘えるように、小太郎は言った。

「ふふ」

 それだけで。
 たった一人に、必要とされただけで。
 ああ、と思った。
 言葉に表す事は出来ないけれど。
 こんな自分でも。浅ましい、無害でしかないような無能でも。
 頑張ってもいいんだって。願ってもいいんだって。

 そう、愛衣は助ける役じゃない。
 それは小太郎に譲ろう。
 愛衣はヒーローにはなれないし、なりたいと思わない。
 でも、身近な誰かを支える事ぐらいは許されるはずだ。
 身近なこの子が、せめて思うままに振る舞えるように。
 その露払いくらいなら。

「仕方ないですね。まったく、私がいないとダメなんだから」

 それはきっと、愛衣には分が過ぎたわがままで。
 きっともう、偉大な魔法使いを目指すなんて、口が裂けても言えないだろう。
 願う事もない。憧れる事もない。
 人は馬鹿だと指差すだろう。愚かだと笑うのだろう。
 でも。それでもいいと、そう思った。
 
 
 




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