◆アオイケツ~番外 : 1



ベッドとテーブルだけの殺風景な俺の部屋は、彼女がただそこに居るだけでなんとなく、色付いて見えた。
無駄に広い部屋・・・相変わらず帰って来ない両親の存在は 初めから無かったもののようにも感じられる。


「俺は別に構わないけど・・・今日も、帰らないの?」


午後9時を過ぎても、一向に帰る気配のない彼女に、義務的な科白を投げた。
俺の声は聞こえてるはずなのに、小さな後姿はまったく動きを見せず、同じページを開いたままの教科書、右手に持ったシャーペンをコチコチ鳴らしながら大きなため息を吐く。


「・・・お願い、私に見えるように置いて?」


----来た。 わけわかんねぇよ、こいつは。

いつも話がかみ合わない。故意にやってるのか、本当に人の話を聞いていないのか。


「何を見えるように置くんだよ。」

「明日のテスト、やっぱりダメ、でも、赤点は嫌だから。」

「・・・いいけど、全部まる写しすんなよ。」

「オッケーオッケー♪」

「・・・ほんと、アンタって見かけによらず・・・なんてゆ~か・・・」


ニコニコと教科書を鞄に入れる姿を、ため息混じりに見下ろした。
いかにも勉強が出来そうな、いかにも清楚な、いかにも真面目そうな、そんな見た目の彼女。


「あんたも、見かけによらず、優しいね。」


それに、頭もいいしね。と、彼女は笑った。
不思議な感覚。 やさしいなんて言われた事は、今まで一度もなかった。
ひでぇ奴とか、最低、とか・・・そんな言葉はたくさん投げつけられてきたけど。


「・・・そんなこと、今まで言われた事なかったよ。」


呟くように唇から落ちた言葉に 彼女は反応を示さなかった。
カーテンの開いたままの窓に、向かいのマンションからの明かりが刺す。
ベッドの上に座って、外の景色を見る彼女の髪が 夜風に靡いてなんとなく・・・複雑な気持ちになった。


「私、いくつに見える・・・?」

「・・・はぁ?」


唐突に、でもはっきりと俺を見つめて 彼女は言った。


「・・・俺、なんて答えればいいの?」

「だから、私が何歳に見えるのか、を。」

「実年齢より下にも見えるよ、悪いけど。」

「・・・まだ、子供に見える?」

「・・・14だよ、あんたも、俺も。」


それ以上でも、以下でもない---。


「・・・早く・・・大人に、なりたい・・・。そしたら、ママも、無理して私と一緒に居なくてもいいし・・・。」


語尾が掠れた彼女の言葉は、俺が常に思っていた事と一緒だった。
でも、今の状態で放り出されたとしても、俺たちは何も出来はしないけれど・・・。

親が家に帰って来なくなって、持ち金が底をついたけど、現にこうして住む場所はあるし、電気もガスも水道も使えるって事は、親が支払っているから。
皮肉にも、親が帰ってこなくなって初めて・・・普通に生活出来ていた事に感謝してしまう自分が居る。


「そうだな、一緒に居なくても、住む場所さえあれば。」


本心だった。
母親は俺の事を嫌っているから、無理して一緒に居てもらわなくてもいい・・・。



「・・・着替えもってきたんだろ、風呂使えよ。」


「お母さん、ずっと・・・帰って来ないの?」

「あぁ、気にすんな。俺嫌われてるから。」

「・・・寂しく・・・ないの・・・?」

「わかんねぇ、なにそれ、寂しいって。」

「・・・え・・・?」

「寂しいとか、感じた事ねぇよ。ってか、風呂、入らないなら俺先に入っていい?あ、一緒に入る?」

「うん、いいよ?」

「・・・冗談だよ、アンタ先に入れよ。」

「え、入らないの?一緒に。」

「あんた、どこまで本気でどこまで冗談がわかんねぇし。あんまり俺をからかうな。」


--- あ、言い出したのは俺か。

制服のズボンのベルトを緩めながら・・・ベッドの下に腰を下した。
俺を飛び越えるようにベッドから勢いよく降りてきた彼女は、一瞬意味ありげな目で振り返って、パタン、とドアを閉める。


調子が狂う、彼女が傍にいると・・・なんだか----。






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