テニスの王子様(宍鳳)






前々から分かってるんだ。
頼まれたら、断れないこの性格。
その場では笑っていても、あとで振り返って溜息を漏らす。
なんで引き受けちゃったんだろう。
今日もまた一つ、大きな溜息が俺の口から吐き出された。




鳳は大分前から、自分の視界から彼の背中を追い出した。それなのに、震える空気の振動から鳳の頭の中ではは鮮明に彼の動きが描き出される。
こういうときに、鳳は彼といつも一緒にいたことが疎ましく感じる。それは、見てもいない彼の表情までも容易に想像できてしまうからだった。
「…宍戸さん、いつまで笑ってるんですか」
痺れを切らして目を向ければ、鳳の脳裏に描いた映像そのままに、彼の恋人である宍戸が腹を抱えて笑っていた。氷帝の体操服を身に纏い、グランドの隅で今にも座り込みそうなくらいの笑い方だ。鳳はその横に、立っている。背中の方から、賑やかな声が聞こえた。
宍戸は鳳の、いつもよりは少し低い声音に一瞬体の動きを止める。それからゆっくりと顔を上げて鳳を見た。まずは足、それから徐々に上へと視線をあげて、顔をみた瞬間、ぶふっと盛大に噴出した。
「宍戸さん!」
鳳の甲高い声が怒気をはらんで宍戸に投げかけられた。鳳は手の甲で口元を押さえながら丸くなった背筋をゆっくりと伸ばす。空いた片手の平を鳳へと向けて、手首を軸に軽く左右に振られた。
「っ、わりぃわりぃ。だって・・っ。・・お前、それさ、大丈夫なのかよ?」
宍戸が指す「それ」が鳳にはどれだか分からずに、それでも苛立たしさもあり意地になって頷く。
「大丈夫です・・・っ」
言った側から鳳は自分の鼻を押さえた。
鳳は宍戸とは違い、体操服を着てはいない。制服でもなければ、ジャージでもない。
白地に水色と黒のストライプの長袖の上に、同柄のズボンは下まであるが、膝下には黒い脛あてが見える。銀髪の癖毛を抑えるのは、余りにも似合わない黒いキャップだ。
そしてそのどれもがグランドの茶色い土で汚れていた。そして一際目立つのが、顔面の汚れと赤く腫れた頬だった。
満身創痍。今の鳳を四字熟語で表すとすれば、まさしくそれだった。
「お前、ほんっとテニス以外ダメなのな」
笑いが収まった宍戸は、鳳の肩越しにグランドを眺める。そこでは、同学年の知った顔が野球の試合をやっていた。
今日はスポーツ大会。クラス対抗で行われる行事の一つだ。競技は団体での球技に絞られている。サッカー、野球、バレー、バスケ、ドッジボール。全員最低一種目出るのが厳守だ。中には2種目以上に出場する生徒もいる。
鳳はその中で、野球に出場した。もともと、スポーツが特別出来るわけでもない。去年はドッジボールに出場した。ドッジボールは出場人数も多く、主に女子や練習嫌いの男子、運動音痴な生徒が出場する種目だ。
中には、2種以上でたいからという理由で出来る男子が入る。だが、その頃は背も小さく、テニス部でも目立った活躍をしていなかった鳳は、前者の理由で出場していたのだ。
今年もそのつもりだった。テニスがあればテニスに出場したが、生憎種目には無い。個人競技の色が強く、部員が出ればそれは部活の延長になってしまうからだ。
だが、鳳自身にさした変化の自覚がなくても、周りの鳳を見る目はこの一年で180度変わった。
身長は185センチ、女受けのよい顔。まずそんな男子が地味なドッジボールで女子が許すわけが無い。
そして、あのテニス部のレギュラーだ。
どの競技にも自然と代表格がクラスで決まってくる。その誰もが鳳を欲しがった。結果が…
「なんで野球なんだよ」
土まみれになった鳳の胸元を手で払いながら宍戸が聞く。これは、鳳が顔面jからスライディングしたときの土だ。おかげで鳳の鼻の頭はほんのりと赤い。しかも、そんな無茶をしたくせにアウトだった。宍戸いわく、激ダサ、だ。
「それは、だから、大木が…」
「あぁ、そうだったそうだった」
以前にも聞いた話を思い出しながら宍戸は頷く。ある程度の出場者が決まった段階で、野球部であり、勿論野球に出場するクラスメートの大木から強引に誘われたのだ。鳳は放課後呼び出され、野球部全員が一列に並んで囲まれ、いっせいに頭を下げられた。そこで断れる鳳ではない。
後日聞いた話に寄れば、強引な誘いの理由は、鳳がいればギャラリーが集まるから、だそうだ。それを聴いた瞬間鳳は引き受けてしまったわが身を呪った。
そして、迎えた大会当日。午前中にグランドでは野球。体育館ではバレーボールとドッジボールが行われた。
鳳のクラスの一回戦の相手は、3年生のクラスだった。大木の期待通りに大勢のギャラリーを集めた試合は、女子の黄色い歓声とともに始まる。
だが、大木の期待通りだったのはそこまでだった。いつの間にやら歓声は笑い声に変わる。
あまり多くの人は知らないが、鳳は運動が得意ではない。ただ走るだけなどはいい。体格にも恵まれているためか運動会ではそこそこの成績を取る。だから余計知られていない。
どんくさいのだ。
試合中の鳳は散々だった。空振り三振はもちろん、捕球しそこねるやら、トンネルするやら、ベースに躓いて転ぶやら。5回で終了の試合はあっと言う間に点差がついてしまった。
「ま、これでお前はもう終わりだし、ゆっくり休んどけよ」
試合内容を思い出していた鳳は頭を低く項垂れさせていた。さっきまであったキャップは鳳の手の中で握られたいる。目の高さにある銀髪を宍戸はくしゃっと撫でる。ずずっと小さく鼻をすする音が聞こえた。
「…痛いのか?」
眉間に皺を寄せた宍戸が鳳に尋ねる。顔を覗き込もうとしたら、それは腕で拒まれた。首をふるふると横に動かす。
こんな姿まで、かわいいなぁと宍戸は思う。自然と浮んだ口元の笑みを隠すように一度咳払いをした。
「…長太郎。俺は、嬉しかったぜ?」
「へぁ?」
間の抜けた声が鳳の口元から漏れる。込み上げる笑いを堪えて、宍戸は言葉を続ける。鳳が顔を上げたため、宍戸の手は鳳の頭から、汚れた頬へとうつっていた。土汚れを指先で払い落とす。
「可愛い長太郎が見れたから」
「なっ…ば、ばっかじゃないですかぁっ!」
鳳の声は裏返り、頬は鼻の頭と同じ色に染まった。現在進行形で可愛いなぁ、と宍戸は内心独り言ちる。
先までのはんべそはどこへやら、鼻の穴をふくらませて怒る仕草が宍戸には愛しい。
そこに会場アナウンスが流れた。いつの間にかグランドには人がいない。第二試合が終わったようだった。試合を終えた生徒が近付いてくる気配を感じる。鳳と宍戸が同じようにしてグランドに目を向けてから視線を合わせた。
「着替えたら屋上な」
宍戸が小さく呟くと、鳳は頷き踵を蹴った。そして、着替える為に教室へと急ぐ。もうこの時間であれば、教室に人も少ないだろう。大木をはじめ、クラスの仲間に笑われることも少ないはずだ。
鳳の後姿を見送ってから、宍戸は近付いてくる顔なじみへと足を進める。軽く片手を挙げて笑みを浮かばせた。
「おー、試合だーだった?」




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拍手、たいへんありがとうございます!

約1年半ぶりの更新です!すみません。
もう、設定捏造し捲くりなのもすみません。
2×14で長太郎の、野球選手ってなかったなぁって思って(日ハム優勝おめでとう←)
かんがえた結果、あまりの似合わなさに、スポ大でってことになりました。
あー。運動音痴な長太郎がかわいいなってことです。
ちなみに宍戸さんはバスケ出場です。
あとで、おまけかけたらいいな。




09.10.10










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