『  たとえば、地球が滅んだら (不二周助夢)  』




 不二君は、昔から変わっていた。

 脈絡もなく、突然哲学めいたことや禅問答みたいなことを口走ることも珍しくない。
 幼稚園の頃からの付き合いである私は、そんな不二君の言動に自然と慣れていた。

 きっと、まだ幼かった私の世界はとても狭いもので、その狭さが不二君への順応性を高めたのかもしれない。

 出会いが、考え方の幅が狭く単純だった幼稚園児の頃でなかったら、不二君に対して戸惑う機会があったかもしれない。

 不二君に興味を抱く人達のように。
 彼の噂を聞き、勝手に人物像を思い描く人達のように。

 不二君は、そんな人達の前でも自分を作らない。
 いつも自分に素直だった。

「え、こんな人?」と、がっかりされても気にしない。
 むしろ、そんな相手の反応すら面白く見ているようだった。

 強いな…と、不二君の笑顔を見るたびに私は思ってきた。

 そんな、芯の強い少々変わった男の子である不二君が、ある日突然こんなことを言ってきた。

「ねえ、未緒。たとえば、地球が滅んだら…どうする?」
「死ぬでしょう」

 私は、思ったままを即答した。

 放課後、誰もいない教室の中。
 部活が休みの不二君が、隣のクラスに残っている私に声を掛けてきた。

 日直だった私は、日誌を書いていた。

 やがて、教室に残っていた生徒が一人二人と帰路につき、最後の一人が出て行ってから少ししてからだった。

 不二君は、またも突拍子もない問いかけをしてきた。
 私は、もう慣れたようにそれを受け止めていた。

 地球が滅んだら…だなんて、それはつまり、私がいる世界が消えてしまうことを指すも同じだ。

 だから、死ぬだろうと理由を付けてもう一度言った。

 不二君は、苦笑した。
 どうやら、彼の聞きたい答えは違ったようだ。

「未緒って、夢がないなあ」
「むっ。…じゃあ、不二君はどうしたいの?」

 相手の言い方にムッとなり、答えを促す。

「生き残った人達と、新しい国を作ってみたら面白そうだなって。今あるどの国とも全然違う、新しい国ができそうで」

「え、そういう設定?」

 私は、不二君の言葉を聞いて、なんだ…と、唇を尖らせた。

「生き物が全部死んじゃった設定で考えてたから、もし不二君と同じ設定なら違う考えも浮かんだよ」

「僕、人類滅亡なんて言ってないよ?」

 フフッとからかうような目をしてくる相手に、私は「確かにそうだけど…」と、面白くなさそうにボソリと呟く。

 性格が如実に現れた答えだと思った。
 前向きな不二君と、後ろ向きな私の。

「じゃあ、改めて。未緒、どうする?」

 不二君は、組んでいた足を組み替えた。
 私は、日誌を書く手を完全に止めて、唸った。

「うーん…。…、…。信頼できる人に付いていって、生きていく」
「あのさ…、結婚観を聞いてるんじゃないんだけど?」

 またも、不二君は苦笑する。
 私は、グッと悔しさに喉を鳴らしながら、恨めしげに相手を見つめた。

「だって…。私、そういう質問に気のきいた答えを出せないって知ってるでしょ?」
「別に、そういうのを期待して聞いてるんじゃないよ、僕」

 分かっている、分かってはいるが…。

 私は、結構発想が固い。
 現実的というか、突飛な考えが都合良く出せないのだ。

 いわゆる、面白味がないのだ、私は。

「じゃあ、不二君も、夢がない答え…って言わないでよ」

 すっかり不愉快な気持ちになった私は、隣に座る不二君から顔を離して再び日誌へと目を落とした。

 カリカリと日直の感想の欄に書き込み始めた私に、不二君は小さく笑いながら謝ってきた。

「未緒、ごめん。怒らないでよ。ただ、未緒はマイナス思考気味だから、もうちょっとポジティブな考えを聞きたかったんだよ」

「性格なんだから、仕方ないでしょ」

 ツンッと素っ気なく答えながら、顔は日誌から離さなかった。

 もう少しで感想欄が埋まる。
 これが埋まれば、先生に提出して帰れる。

 文章の最後に小さな丸を書いて、感想は終了。

 さて帰ろうとペンケースを突っ込んだ鞄と、書き終えたばかりの日誌を手に立ち上がった。

 すると、不二君も立ち上がった。

 そういえば…と、私は気づいた。

「不二君、今日は友達と一緒に帰らないの?」

 同じクラスの友達や部活の友達を指して、私はそう尋ねた。
 不二君は笑った。

「帰るよ」

 やっぱり、私の所に来たのは時間潰しだったか。
 私達は幼なじみだが、あまり一緒には帰らない。

 お互いに、違う友人ネットワークを作り上げているせいである。

 廊下に出たところで、不二君が口を開いた。

「ねえ、未緒にとって、僕って信じられる人?」
「え。何、急に?」

 またなにやら重たそうな質問内容に、私はいぶかしむ。
 質問を投げた当の本人は、いつもと変わらない様子である。

「いいから」

「なんかよく分からないけど…。私、この学校にいる全員と知らない場所に放り出されたとしたら、一番に不二君を探してそばを離れないと思うよ」

 素直に信じていると口にするには恥ずかしくて、私はそう言った。

 非常時に人は素直な気持ちになるという。
 だから、私はきっと一番信頼している不二君を探してそばにいるだろう。

 それは恋とか友情という気持ちではなく、これまで培ってきた絆の強さゆえだ。

 私の答えに、不二君は笑みを深めた。
 この答えは、彼にとって満足の行くものだったらしい。

「じゃあ、地球が滅んだら、僕達は夫婦になるってことか」

 は?

「どうしてそうなるの?」

 私は、相手の考えが分からなくて眉を潜めた。

「だって、未緒は僕を信頼してくれてるんでしょ? “信頼できる人に付いていって、生きていく”って言ったじゃない。だから」

「“だから”じゃなくて。どうして結婚に結びつくの? 全然“だから”の理由になってないじゃない」

「聞き様によったらそう聞こえるじゃない」
「それは、不二君が勝手に結婚観に聞こえただけでしょう?」

 私は、呆れ混じりにため息をついた。
 不二君の発想力は、変わっていて時々理解に困る。

「僕は、未緒とだったらいい家庭が築けると思うからいいよ?」
「いいよって…。何気に上から目線なんだね、不二君」

 私は苦笑。

「まあ、でも。もし本当に地球が滅亡して人口が少なくなったら、そういう確率も高くなるかもね。生きていく上では」

 私は、寂しがり屋で怖がりだから。
 知っている人のそばを離れたくなくなるだろう。

「じゃあ、今すぐ地球が滅んでほしいなあ」

 物騒なことを朗らかに言わないでほしいよ、不二君…。

「約束だよ、未緒。地球が滅んだら…結婚ね?」
「はいはい。たぶんそんなことないと思うけどね」

 まったく、不二君の冗談は突拍子がないものが多い。
 私は、ニコニコと笑う不二君と連れ立って職員室へと歩いていった。

 子供のような約束を嬉しそうにしてきた不二君が、なんだか可愛く見えた。

 その後、私達は一緒に帰った。

 友達と帰るんじゃなかったの? と尋ねた私に、不二君はいつもと変わらない笑顔で言った。

 僕達、友達じゃなかったっけ? …と。

 たしかに、私達は幼なじみ。友達である。

 回りくどいことを言わずに、一緒に帰ろうと言えばいいのに。
 やっぱり、不二君の考えは、長い付き合いでもよく分からないなと思った。

―――「僕達、“今はまだ”友達じゃなかったっけ?」

 僅かひと呼吸の間に含まれていた不二君の気持ちに私が気づくのは、もっと先の話。




【たとえば、地球が滅んだら】by.お題屋さん。







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