メイン71話目裏話

「あー、んあー」
 先程から横でひっきりなしに声を上げている御巫に宇佐木はようやく顔を上げた。彼が奇怪な声を上げ初めて早30分、宇佐木は我慢強い方だというのがそれだけで伺える。
「……さっきから何、それ」
「あー……ちょっと気になる声持ってる子がいるんでね、どうにかあの声似せられないかと思ったんだが……これが思ったより難しい」
 彼の特技である声真似、と呼んだら御巫は少し嫌そうな顔をしたが声真似には違いない。真似と呼ぶにしては似すぎている気がしなくもないが。
「君や」
 御巫が次に発した声は宇佐木の声で。
「あの男」
 次は、あの声。
「橘の声なら簡単なんだけどねーぇ?」
 そして最後は橘の声。ころころと変わるその声は何だか無性に気持ちが悪かった。だが、相手はこちらの不快など気付きもせず、再び奇妙な発声練習を始めた。
「珍しいな。お前が似せられないなんて」
 だが、思わずそう呟いてしまったのは、一応宇佐木も彼のソレが特異技だと認めていたからだ。暇つぶしの医学書を眺めながら呟いた。その声帯を切り裂いて中を見てみたいものだと何度思ったか。
「ああ、そうなんだよな……。俺もそろそろ年ということか」
 いい歳して少年の声を真似ようなど、思い上がりが過ぎたのだろうか。
 自分の喉をさすりながら「最近はおっさん声が得意になってきたんだよ」と思わずぼやく。と
「地の声がおっさんなんだからしょうがないんじゃないのか」
「……宇佐木君、君ねぇ」
 僕は一応まだ20代後半なんだけど、と御巫はため息を吐いた。
 そしてまた発声練習を始めようとするそぶりを見せ、流石に宇佐木も白旗を上げる。奇妙な声、しかも声質以外何も変化しない、聞きようによってはうめき声にも聞こえるそれをこれ以上聞くのは苦痛だ。
「どうしてそこまでその声を欲しがる?必要な人間の声なのか」
 俺達の目的に、と繋げようとしたところで、御巫が破顔する。
「いや?全然必要じゃないんだが、僕が個人的に欲しいだけ。良い声してるんだよ、ほんと」
 初めてこの国に来て個人的な収穫を得たよと笑うが、この男どうやら単に声フェチなだけらしい。
「……まさかお前、そいつと個人的な関係を」
「ああ、ないない。ないから。声以外に興味ないからね」
「……ならいい」
 あっさりとした返答にはほっとして彼から目を離したが、その瞬間
「でもあの声に朝とか起こして貰えたら最高かな?」
 は。
 後ろで呟かれた変態じみた言葉に思わず振り返ってしまった。
「お前何言っ」
 振り返らなければ良かった。
「歌とか歌ってみて欲しいよねぇ。音痴じゃなかったらきっと絶品だろうな。囁き声とか眼福……いや、耳福かな?僕の授業に出てくれないだろうか……そうしたらずっと朗読させるんだが」
 目が恐ろしいほど輝いていて、宇佐木はそれ以上何も言えなかった。
 コイツ怖い。
 嫌なヤツに目を付けられてしまったスケープゴートに、ただ同情することしか出来ない。
「あ、宇佐木君もあの子に目を離さないでくれよ。煙草なんて吸われちゃあの声がどうなるか分からないからな」
「……何で俺が」
「協力者、だろう。君と僕は互いにな」
「それはそうだが」
「よし、和泉君の声を守り隊発足だな」
「ちょっと待て。何だその奇妙な団体は。そしてお前はどうしてこの国の生まれでもないくせにウチの国の言葉遊びが巧みなんだ」
「団体ではない、君と僕の2名だけだからな。それに僕は一応この国の生まれという設定なんだ。国語がペラペラじゃないと困るだろう?」
 さらさらと問いの答えを返されたのに、何だかとても腑に落ちないのは何故だろう。
「全ては、我等が女王陛下の為に!」
 そして御巫は彼等の国の決め台詞を口にしたが
「それは流石に嘘だろう!!」


お終い。



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