このお話はサイトのtext部屋にある「その少年、凶暴につき」の続きです
  出会いから一ヶ月経った中学生ゾロとちびサンジのお話。
  未読のかたは1をお読みいただいてからのほうがいいと思います。でないと意味が分からないかと(笑)














 【その少年、凶暴につき 2】





陽射し暖かな春の午後。

ロロノア・ゾロは、家の庭でひとり、剣道の稽古に勤しんでいた。


ゾロの生家は築およそ数十年。(正確には何年経っているのか、詳しくは知らないが)
ゾロの曾祖父が建てたらしい平屋建ての一軒家は、敷地の広さはともかくとして、なにしろ古い。
敷地の半分は、父の経営する剣道の道場に改装されてはいるが、
残り半分は、昭和初期の日本家屋らしい風情を醸し出している。

・・・まぁそれも、昼間に見れば、の話だったが。


庭には、小さな池があり、色鮮やかな鯉が泳いでいる。世話をしているのはもちろんゾロではなく父だ。

池の傍らには、見事な桜の大樹。

今は美しく淡い色の花をつけ咲きほこる時期で、すでに散り始めた花弁が水面をまばらに漂っている。

ゾロの父親が、四季の庭風景の中で、最も愛する光景であった。


・・・だがしかし。

こと、ゾロにとってみれば、


どんな花が咲いていようが木は木だろ。

豪勢に降ってくれるのはいいが、水面や地面に落ちる花びらを掃除するのは誰だと思ってんだ。

池で泳いでいるのも、結局はただの魚。しかも食えやしねぇ。



まだ幼かった頃、一度だけ、父の前でそう言ってしまい、

ひどく寂しそうな顔をされたので、以来決して口に出すことはないが。

それでもロロノア・ゾロという少年は、

わびさびや風情なぞ、解する気もありゃしない、どこか冷めた中学生だった。

だから。


先程から縁側に蹲って、じーーーっとこちらを見詰めて・・・いや正確には、睨んで、いるのも。

ゾロにとっては、ただのガキだ。

しかも、やたらとアクの強い。








先月の初め、家族が増えた。

物心つく前から、父親とずっと二人きりで暮らしてきたゾロにとって、

ほぼ初対面の、他人と言ってもいいほどの人間と一緒に生活をするというのは、多少の戸惑いもなくはなかったが。

父が幸せならそれでいいと。ただそう思っていた。

相手が男だろうが、子持ちだろうが、些細なことのはずで。


・・・まさか自分が、四つも年下の野性児じみたガキに気を煩わされるようになるなんてことは、想定外だった。



この、『サンジ』という名前の義理の弟は、

一般的に一言でいえば、可愛らしい、の部類に入るのかもしれない容姿をしていながら、

人のことを鬼の形相で睨むし、気がつけば近くにいる割にほとんど喋らない。

初対面で手のひらに齧りつかれた経験から、ゾロにとっては、変な子供、というイメージで定着してしまっていた。

そのくせ、ゾロの父やサンジの父に対しては、普通の対応をしているらしい。

―――らしい、というのはゾロが実際その場面を見たわけではなく、父達から言われただけなので、真実は定かではない。





その、縁側に座敷わらし宜しく鎮座する子供から目をそらし、

ゾロは、精神を集中させて、素振りを再開した。


息を吸いながら竹刀を振り上げ、呼吸を止め、一気に振り下ろす。

単純な動作でも、気を静めるのには十分だ。

時折、風に乗って舞い散る桜吹雪のひとひら目掛け。

繰り返しているうちに、すぐ近くから・・・ほぼ真横から。


「お、お、」とか「ふおぉ!」とか言う声が聞こえて・・・。

ふと見下ろしてみるとすぐ脇で、サンジが目をくわっと開いて、口をひし形にして、ゾロが竹刀を振る様を凝視していた。

(いつの間に近寄ってきたんだ・・・)

怪訝に思いながらも気にせず続けていると、

視界の端にうつる、目をきらきらさせた子供が、

小さいてのひらを、ぐーぱー開閉している。

なんか息も荒い気がする。


「・・・なんだ、おまえもやりたかったのか?」


何にそんな興奮してんのかは知らねぇが、人のやることに興味を持つ年頃なのかもしれない。

ゾロ自身、同じように父親を真似て剣道を始めたように。

思い声をかけるとサンジは、ぴょっ!!と毛を逆立て、驚いたような顔でゾロを見上げる。

「ほら」と何気なく竹刀を渡してやろうと、目の前に手をかざすと

「・・・!」

はふはふと荒く呼吸を繰り返しながら、

ゾロの顔を一点凝視している少年が、なぜか目を潤ませる。というか、もう泣きそうになっている。

「どうした?振りたいんじゃないのか」

「・・・ぃ」

「は?」

何事か小さな呟きが、サンジの口から洩れたのを聞き、ゾロが問い返し。


そして次の台詞が、ゾロが初めて聞いた、まともな単語を成したサンジの第一声だった。



「くさい!!!」



「・・・・・・・・・はあ?」



サンジは竹刀を持つゾロの手、眼前にあるそれに向かって、異常なほどに顔を顰めている。

言われた意味に気付いて、ゾロは、

「そうか・・臭ェか」

サンジの鼻に、ずいと己の手を更に近付けた。

「ぎゃんっっ!!!」

見降ろすと、サンジは鼻の頭に無茶苦茶に皺を寄せ、表現不能な奇怪な声で唸っている。どこか子豚の鳴き声に似て。

長年使い続けた竹刀は、当たり前のようにその年月分の、ゾロの汗と手垢と泥を吸い込み染みついているのだ。

まさか臭くないわけがないだろう。

しかし面と向かってこんな顔をされたのでは、気の毒になるより先に、『面白ェ』という感情が湧いてしまうではないか。

















「ゾロ、サンジくん、ご飯だよ。手を洗っておいで」

にこやかに台所から縁側を渡り、ゾロの父が顔を出した。

「ああ、もう桜が満開だ。綺麗だねえ」

庭に咲く花を見やり、とても幸せそうに顔を綻ばせた父に

「そうだな」

と、ゾロも返す。

片腕に噛みつく怪獣をぶら下げたまま。


「もうすぐ天気が崩れるそうだから、洗濯物とりこんでおいてくれるかな」

「分かった」

静かに返事をしたゾロに、床一段上から微笑みを落とした父は、桜を愛でると同じ表情で、二人の義兄弟を見た。


「すっかり仲良くなったみたいですね。よかった」


たまに思う。父は、この一ヶ月の間に頭のねじを一本、どこかに忘れてきたのではないだろうかと。

仲良く、の定義が一体どこにあるのか、じっくり聞いてみたいものだと思ったが、

じゃぁ仲が悪いんですか、と言われても困るので、ゾロは黙って桜を見あげた。













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