夏の恋 メロ編1 メロは夏が大好きだ。 炎天下外に飛び出して朝から晩まで遊ぶのが好きだ。 だから夏休みも大好きで、毎年サマーキャンプに行っている。オリエンテーリングで山の中を歩き回るのも、川で泳ぐのも、野球をしたり乗馬をしたりカヌーに乗ったり、はたまたアーチェリーなどの新しいスポーツに挑戦してみたり、とにかく太陽の出ている時間が長くて思いっきり体を動かせる夏が大好きである。 それなのに、今年の夏はサマーキャンプに参加する事が出来なくなった。その可能性については夏前から知っていたが、まさか自分がそうなるとは思ってもいなかった。 交換ホームステイ ―― メロが住む○○シティと姉妹都市である日本の△△市。その二つの市の交流行事の一環として毎年行われているそれに、今年の夏はメロ達が住んでいる町が選ばれた。そして、メロが通う学校が必然的にホスト校に指名され、なおかつ、メロが歓迎メンバーの一人に選ばれてしまったのである。 そのためメロは今年の夏は何処にも遊びに行けなくなってしまった。日本の子供達が滞在する間だけ町に居ればいいと簡単に考えていたメロは、ホームステイ中の交流イベントのために夏休み前から準備を始めなければいけないのだと知り、お約束で『God damm!』と叫んでいた。ついでに『Fuck you!』と叫ばなかった自分に心の中で拍手した。たいして違いはないが。 そして、夏の真っ盛り、日本からの子供達がメロの学校にやって来た。 当日は町長や町のお偉いさん、PTO(日本のPTAみたいなもの)に属する親達までが学校に集まり派手に歓迎会を行った。メロはその歓迎会で町長と校長に続いて最年少学年でありながら生徒の代表として歓迎の言葉を述べた。集まった、集められた子供達の、特に女の子達はそんなメロの晴れ姿(?)に黄色い声を上げた。 メロはもてるのだ。 その後、日本から来た子供達がそれぞれのホスト家庭で旅の疲れを癒している間、メロ達歓迎スタッフは大忙しだった。町唯一のホテルで行われるパーティで行う余興の準備があるからだ。定番のマジックやらダンスやら歌やら(当然、日本語で歌う歌もレパートリーに入っている)、みな張り切って最後の練習に励んでいる。これでホスト家庭に選ばれていたら毎日がてんてこ舞いだ。 幸か不幸かメロの家はホストに選ばれなかった。家主は町一番の金持ちで有名人だが現在入院中な上、女手がいないからだ。その上、ちょっと家庭環境が複雑だったりする。 メロは今、3人の人間と同居している。一人は保護者のロジャー・ワイミー、この町の警察署長。真面目で誠実な署長として町の大人達からとても信頼されている。メロとは叔父甥の関係だ。戸籍上は。 もう一人はL。エル・ローライト。戸籍上は何の関係もないが、人に紹介する時は『叔父さん』と紹介している。町でも評判の変人で引き籠り、吸血鬼との噂もある。職業は作家、そこそこ人気があるらしい。メロはあまり興味がない。 最期の一人は弟のニア、ただし血の繋がりはない。二人とも養子だからだ。二人を養子にした女性はロジャーの姉、ただし、この姉弟にも血の繋がりはない。 『血は水より濃し』ではなく『水は血より濃し』を地で行っている家族なのだ。とりわけ隠していないので近所の住人は皆知っている。学校の友達も知っている。それで特に問題がある訳ではないが、そういう複雑な家庭がホストに選ばれる事はまずない。 ちなみに家長の名前はキルシュ・ワイミー。やっぱりそこそこ有名な発明家だったらしいが、当然ながらそれもメロは興味がない。若い頃幾つも会社を経営し一財産貯め ―― そこには興味がある ―― 今は悠々自適の生活を送っているジィさんだ。結婚歴3回、子供はなし。代わりに里親として何人もの子供達の面倒を見、養子を貰った。そのうちの二人がメロ達の義母とロジャーだ。Lは里子から養子にはならず同居人となった。 そんな継ぎ接ぎ家族だがメロは結構気に入っている。全員個性的 ―― 常識人の生真面目ロジャーのそれも個性だ ―― で退屈する暇がない。何より全員がメロの自主性を尊重してくれるからだ。一応言っておくが放任主義ではない。とにかく、メロは自分の幸運に感謝している。孤児にしては結構ましな環境だ。幸運の女神様とやらを信じてみても良いかな、と思うくらいには。 そんなメロは義理の祖父に影響され、将来起業家か政治家になりたいと思っている。それには大学に行って俗に言うエリートコースに乗らなければならない。学費の心配は今のところない。義理の祖父が未来投資だと請け負ってくれたからだ。ただし、祖父が認める一定水準の学力を証明してみせたら、だ。これは義弟のニアも同様だ。 だからメロには生まれの不幸に酔いしれて悪ぶる暇なんて全然なかった。かと言って、人生(こまっしゃくれたガキだ)を勉強一筋にするつもりもない。青春は二度と来ない!謳歌してやるぜ!!と固く誓っている。 あぁっ、くそっ!俺の夏休みを返せ!! ―― だからこの叫びは心の中にしまっておいた。仕方ない、これも点数稼ぎだと割り切るしかない。見事歓迎スタッフの一人としてこのイベントを成功させてみせる!それが終わったら俺はいちやく学校の、この町のスターだ!!きっと明日には一学年上のキャサリンだって俺に惚れてるに違いない!!! しまった!邪心が‥‥‥‥!! 前にも言ったがメロはもてる。金髪碧眼、成績優秀スポーツ万能、性格は明るく親分肌。三白眼気味ながらそこそこイケてるマスク。ちょっと短気な所はあるが一度引き受けた事は責任持ってやり遂げる典型的リーダー気質、もてない筈がない。女の子には勿論、男にだってもてるのだ。 そんなメロがちょっとお洒落して参加したパーティーには町の子供達も多く参加していた。そのほとんどは10代前半の子供達だ。10代後半の子供達は五月蠅い親や教師もいるパーティーに進んで参加したりはしない。 だが、パーティーといえば家でやるホームパーティーや誕生パーティーぐらいしか経験のないガキには、暗くなってからの『ホテル』でのパーティーはとても刺激的に思えた。実際、雰囲気はまだしも出された料理は『さすがホテル!』と呼ぶに相応しい料理で、子供達は大いに喜んだ。当然アルコールの類は一切ない。大人達も我慢してソーダ水やジンジャエールを飲んでいる。 「メロ!あれ、食べたか?あの小さい七面鳥。何かやたら先生が興奮してるんだけど」 「バーカ、あれは北京ダックっていう中華の高級料理だ。皮だけ食べるんだぜ」 「皮だけ!?マジで?」 「肉は食べないのか!?」 「後で別の料理に使うのさ」 義理の祖父であるキルシュが著名人なせいもあり市長主催のチャリティーパーティーなどに出席した経験有りのメロは ―― アルコールと美女OKの大人のパーティーだ ―― そんなワクドキの子供達を心の中でちょっぴりバカにしていたりした。これぐらいで騒ぐんじゃねぇよ、と。 ちなみにパーティー会場のステージではメロより一学年上の生徒達によるマジックショーが催されている。アシスタント役の女の子はなかなか露出が高いが、ちょっぴり胸の辺りが残念だ。 「あっ‥‥!」 「ゲッ!?」 そんな中、初めての高級料理に舌鼓を打っていた同学年の男子児童が誤って取り皿をひっくり返してしまった。皿に乗っていたのはホウレン草とミートのキッシュ。その如何にも、な塊りはヒョロンと宙を飛び、メロの暑いのに無理に着て来たシルクのシャツ ―― 胸ポケットの赤いハンカチーフがアクセントだ ―― の胸元にペトリとくっつく。 「‥‥‥‥‥‥」 「‥‥‥‥‥‥‥‥‥」 その瞬間、メロの周囲だけが水をうったようにシンと静まり返った。 「ご、ごめん、メロ‥‥‥」 お気に入りのシャツの胸元が真っ赤に染まりメロは茫然自失。その頭の中では義弟のニアと同居人Lの情け容赦ない厭味の言葉が渦を巻いていた。 これがあいつらに知られたら絶対笑われる! ―― 汚れたシャツをどうこうするより、只今絶賛おませ街道まっしぐらなメロにはそれが一番重大事だったりする。 それでもって、その隣では原因を作った少年が青い顔をして震えていた。 メロはクラスの人気者で友人が多い。加えて女の子にとってもモテる。メロに何かあると、女の子達が黙っちゃいない。それはもう過去の出来事が証明している。それを十二分に知っている少年の頭の中でも、女の子達の厭味な言葉の数々が渦を巻いていた!子供だからって女は女なのだ!! 「メロ!あたしのハンカチ使って!!」 「何言ってんの!あたしのよ!!」 「引っ込め!ブス!!」 その女、もとい少女達が ―― 年の頃は10歳から14歳まで ―― 沈黙を打ち破り動き出した。メロと仲良くなるチャンス!とばかりにナプキン片手に鼻息を荒くする。 「動かないで」 「!」 しかし、そんな女の子達を差し置いて、一人が手早くメロの服の汚れをナプキンで拭き取り始めた。 「これ以上は無理ですね。ホテルのランドリーサービスを受けた方が良いですよ」 「え?は?」 あれ誰よ?私のメロに~!とか何とか周囲でやっかむ声が聞こえる中、シャツの汚れをあらかた拭いたその子がパーティー会場に詰めていたホテルの従業員に声を掛ける。 「あ、あの‥‥ありがとう」 従業員に汚れたシャツを渡し友人のパーカーを羽織ったメロは改めて礼を言うべくその相手を振り返った。 「!!」 その瞬間、ピシャーン!と、メロの脳天に雷が落ちた。 天使がそこにいた。 濃い蜂蜜色のショートヘアー、白桃のような頬にチェリーの唇、アンバーの瞳はクリリと大きく、すらりと伸びた手足はカモシカのようだ。身長はそう自分と変わらない、年も同じ頃!覚えのない顔だからきっとホームステイに来た日本人の子供の一人だ!こんなにかわいい子がいたなんて!どうして気付かなかった、俺ェ!? 一級上のキャサリンより遥かに可愛い女の子 ―― しかも、どんぴしゃストライクゾーン! ―― が優しくメロに笑いかけている事実に、メロは眩暈を覚えた! ピシャーン!というあの音はメロが一目惚れした音(間違いなく空耳です)だったに.違いない。キャサリンの時も聞こえた気がするが、それより断然大きかったとメロは誰にともなく断言した。心の中で。 「(プ、プリティ‥‥!)」 「パーティーがお開きになるまでには綺麗になってるそうですよ。良かったですね」 「(こ、声もキュートだ!)」 「えっと、君は確か‥‥ラヴィ―君だったよね」 「!ミ、ミハエル!俺はミハエルだ。メロと呼んでくれ!」 とっさに自分の名前を名乗ったメロはサッと相手の子の手を取り、こちらもとびっきりの笑顔を浮かべた。手が早いぞ12歳! 「君、ホームステイの子だよね?名前は?年は?何処の家にステイするの?」 今度は周囲がざわめく。特に女の子達が‥‥‥そして、日本から来たホームステイの子供達が。 「やだ!あの子、メロに色目使ってる!」 「よそから来たくせに、何様!?」 険悪な空気を醸し出しているのは学校のアイドルであるメロを狙うおませな女の子達。男の子達はメロ同様日本から来た天使にボ~ッとなっている。 ジャパニーズ「Kawaii」はこんな田舎町でも通用するらしい。 ステージでは低学年生によるコーラスが始まっていたがメロの周囲は誰も見ていない。馴染の生徒による余興よりジャパニーズエンジェルの方が興味津々と言う所か。 「僕の名前は『raito yagami』▽▽通りのギブソン家にステイする予定だよ」 「ギブソン家!?俺んちの隣じゃないか!」 「え?そうなの?素敵な偶然。これからよろしくね」 「Yes!yes、yes、Yes!!」 張り切って答えたメロは握った天使の手をシェイクハンドよろしくブンブン振った。 メロはモテる。とってもモテる。そして、齢12歳にして ――― 本人は13歳と言い張るが、まだ誕生日は来ていないので12歳であっている ――― 恋多き少年だ。10歳になる前から彼女がいた。そして、12歳の今日までその数は4人、現在5人目募集中! ついさっきまではキャサリンに惚れていた。ブルネットに薄い茶色の瞳、ポッチャリ体型ながらダンスが得意な上級生だ。メロの名誉のために言っておくが、彼は決してメンクイではない。メンクイではないが、美人が嫌いなわけではない。人並みの男としてきっぱりくっきり大好きだ。しかし、顔だけで末永く付き合えるのなら苦労はしない。そんなのTVドラマや映画を見ていれば一目瞭然だぜ! と言う事で、メロは自称『恋人は中身で選ぶ』方である。実にくそ生意気なガキだ。 そんなメロが一目惚れしたのはまさに天使!しかも、メロの汚れた服を綺麗にしてくれた癒しの天使だ。 外見も綺麗で中身も綺麗、これで惚れなかったら男じゃない!! 大好きな夏休み。めんどくさい交換ホームステイのお世話係で潰れるかと思いきや、降って湧いた恋のチャンス! 一夏の恋、一夏のアヴァンチュール! いい!実にいい!!これぞ最高の夏休みじゃないか!!! な~んて事を僅か1秒で思考したメロは、成績優秀、けっこうイケメン、お金持ちの後見人有り。学校一、いや、町一番の将来有望少年である!そんなメロを男なんかより現実的な乙女達が放っておく訳がない! しかし、まだたった12歳。何だかんだ言ってガキである。そう、お子ちゃまだ。フォーリンラヴに目が眩んでも全然不思議じゃぁない! ここで一つはっきりさせておこう。 日本語の語彙は豊富である。一つの事象や物を言い表す言葉が幾つもある。それは『性』によっても使い分けられたりする。いわゆる女性名詞男性名詞のようなものだ。 さて、現在世界中で広く使われている英語であるが、これはフランス語やドイツ語ほど『性』による区別がうるさくない。当然日本語より断然!緩くできている。 代表的なのが『I』、『私』である。『He』、彼。『She』、彼女はあっても、自分自身を指す言葉は男女共通なのだ。 それに引き替え日本語は千差万別だ。男女共通の言い回しもあれば明確に男女の違いが判るものもある。日本人はそれを日常的に使い分けている。当然だ、日本人なのだから。 そんな日本人でも英語を話したら、当然男も女も一緒の『I』である。つまり、言葉だけで性別判断は不可能と言う事なのだ。 『おい、あれ‥‥』 『あぁ、だな』 『絶対、勘違いしてるよな』 恋の予感に浮かれまくったメロが一目惚れした天使をスィーツコーナーへと誘導するのを、他の日本人の子達がヒソヒソ囁き合いながら見送っている。 『俺達も初めて会った時間違えたし』 『キャ~!さすが月君、早くも獲物がっ!!』 『胸、無いけど』 『BLよ、BL!』 『スカート穿いてないけど』 『金髪美少年との旅先での恋!』 『ちみっ子だし、声も高めだし』 『萌~~~~!!!』 もちろん全て日本語だ。彼らが何を話しているのか、正直通訳もよく理解できていない。日本語は主語述語の順番がバラバラでも、時には母音だけでも文章が成り立ってしまう珍妙な言語なのだ。 「明日は確か、町内探検と言う名のオリエンテーリングだったよな?」 「えぇ、朝10時に教会前に集合でしたよね、確か」 「じゃぁ、俺が迎えに行ってやるよ。教会まで案内してやる。隣のよしみだ」 「お願いします」 そんな日本人達やイライラしている女の子達をよそに、恋に夢中なメロは一目惚れのジャパニーズ天使とさっそく明日の約束を取り付ける事に成功していた。 そう、彼は気付いていない。 一目惚れの天使が『男の子』である事に。 ※字、字数が‥‥(>_<)
2に続く! |
|