ありがとうございました!

タイトル(とセリスの扱い)がひどいにも程があるリハビリ作ですが、どうぞ~。


空回りセリス編

「エドガー。あなたはとても頼りになる人だけれども」
 そう前置きした彼女の表情は、戦闘態勢時のそれにほぼ近い険しさだった。
「はっきり言って、私、あなたにティナはふさわしくないと思うわ」
「……剣呑だね。麗しい花の顔(かんばせ)が台無しだよ、セリス」
 彼は咄嗟にいなしてみせたものの、
「つまりはその軽薄な物言いよ、色男の王様。愛も知らなかった純な子だからって、物珍しさでちょっかいかけてないでしょうね」
 金の眉のひそめっぷりが、もう一段階深くなる。
 意思を奪われた兵器であったティナを、同じ帝国側の将軍だったセリスは知っている。少しずつ情緒に目覚めてゆく彼女を、最初はなりゆきの道連れとして、そして認めた仲間として、いまや大事な友達として、セリスは見つめてきている。
 おせっかいも野暮も承知で、喧嘩を売っている彼女を、彼は正確に理解していた。本音には本音をぶつけるのが、たった一つの冴えたやり方と言えた。
「そんな生半可な興味で、ティナと向き合えると思っちゃいないさ。俺だって彼女の過去を知っているんだからね」
 君の専売特許じゃない、と強く反駁した後、すまない、レディと呟いた。
「でも、わかるとも、信用できかねるのは。嘘や駆け引き、更には過剰なリップサービスが必要な稼業についている男など。だからこそ、どこまでも濁りなきものを求める、あの清らかな少女に、否も応もなく惹かれたんだが……俺が好きになる資格など、ないんだろう」
 誠意が笑顔から滲み出るような、そうだな、例えば俺の弟が相手だったら、似つかわしくないなどと言われなかったかな――マッシュとなら、彼女は少なくとも、周りの事など何も考えず、自由に恋ができるというものだ。

 彼が述懐していくうちに、どこまでも透明な花びらがひとひら、またひとひらと。その顔に張り付いていっては、羽のように風に吹かれる。仮面が毟(むし)られていく。そうして、寂しい素顔がさらされていくようだった。
 王としての在り方を、厭うわけにはいかない。けれども、真逆の在り方へどうしようもなく魅かれてしまう矛盾に苦しむ彼に、若いセリスは素直に慌てた。
「資格だなんて、そんな、あの、あなたがそこまで本気だったなんて……ごめん、なさい」
 相手に気づかれぬ瞬間、彼はほくそ笑み――すぐに満面の笑みになった。
「誤解は解けたようだね、いやあ、それなら良かった! ティナの親友である君に、私の誠意を認められて嬉しいよ」
「……は? え?」
 言質(げんち)を取ったと確信した途端の、変わり身の早さに彼女はついていけない。何か反論せねばと、急いで言葉を絞り出そうとするセリスに、
「悪いね。口では誰も俺には勝てないんだ」
 笑いを不敵なものへと変えたエドガーが、優雅に踵を返す。
 そして。
 彼は脱兎の如く逃げていった。



「本当、あの男はほんっとうに、やめておいた方がいいわ、ティナ!」
 そう力説する彼女は、戦闘態勢どころか殺気をむんむんに漲らせていた。
「エドガーと何かあったの? セリス」
 当たり前の質問にぐっと詰まった。釘を刺そうとしたら返り討ちに遭ったとは言えない。きょとんと緑の結い髪を傾げる友に、少し和まされながら、彼女は最低限の説明をして、こう締めくくった。
「つまり、ちょっとだけ込み入った話をしただけよ。でも、一筋縄ではいかない男だって、再認識できたの。仲間としては頼もしいけどね」
 ああ、とティナは花がほころぶように笑う。一体どうしてそんな可愛らしい笑顔を、今の流れで見せてくるのかとセリスは悩む。
「エドガーと話すの、楽しいわよねえ」
 呑気に過ぎやしないか。あの口八丁手八丁無敵の男に対しての感想が、それでいいのだろうか。セリスは額に掌を当て更に沈み込む。
「私ね、話すのが本当に下手で、考えて言葉にするのも、普通の人より多分、ずうっと遅くて。なのに、待ってくれているの。お喋りがとても上手な人は、聞くことも上手って、本当なのね」
 うなだれていた顔を、おもむろに上げる。彼我の紅茶のカップ二つ、小さめのカジノテーブルを挟んで、ティナと向き合った。
「セリス、ありがとう。私を、心配してくれて」
 話題は一旦置いておき、思いやってくれる彼女に、まっすぐな言葉に、耳朶が、頬も、ぽかぽかと熱くなってゆく。
 これまでの人生を、戦いに身を晒し続けた者同士が、同性の友人として、恋らしき話ができるようになったなんて。どうにも感慨深くなってしまって、机の縁(へり)を両の拳で力一杯叩きつけていた。
「そんなの、当たり前よ! 私ね、その、あなたの事大切に思っているわ。だから心配が先回りしちゃって、つい、あなたを傷付けたら承知しないって、宣戦布告しようとして……」
 でも、うまいこと言いくるめられてしまったの。完敗って、いうのかしら。
 語尾が弱々しくなり、溜息をつき、うう、と唸ってしまい、肩の力が抜けた。再びしょげてしまうセリスに、
「うーん……」
 メゾソプラノの、落ち着いた長考の声が降ってくる。
 賭けるコインの代わりに、緑の敷地に額を押し付けたセリスを、ティナは全く気に留めない。今の彼女より、彼女の発言をゆっくりと吟味しているのだった。
「あのね、セリス。人と人との関係は、はっきりした勝ちとか負けとかで済ませなくてもいいような気がするの」
 思わず瞼を開いた。まばたきを繰り返しながら、自分の膝から相手の顔へ、視線を戻す。
「……どういうこと?」
「話すことを、積み上げていって……対話の中で、お互いの大事なものを理解できるなら。価値を見いだせるなら。勝ち負けは、一番大事な事じゃない。尊重っていったかしら、尊重し合えれば、人と人との関係は大丈夫。そうしたら、いつか、世界ですらうまくいくんじゃないかなって思うの――ううん、思いたいのね」

 それは理想論であり、願いなのだと、言う側も聞く側もわかっていた。
 何のしがらみもない一対一ならば、それは叶うかもしれないだろうが。背負う責任があり、元の生きてきた環境の違いがあり、一人一人の価値観の差異があり。一言で断じてしまえば、難しいのだ。無理ではないにしても、途方もない時間と努力と、“許容”が必要となるだろう。
 話が随分大きくなっちゃったわね、ごめんなさい、とティナは口角を上げ、眉を下げた。
「そんな、別にあなたが謝ることなんて」
「ついでといっては何だけれども、エドガーのことも許してあげてもらえないかしら……ごめんなさいね。どうしても優位に立ちたがるのは、王様の悪い癖なのね」
 ここでそう来るとは、ティナも随分交渉術がうまくなったものだ。あまり影響を与えないでもらいたいわ、悪知恵までは彼女に授けようがなかったみたいだから、悪影響とまでは言わないけれど。
 そんな風に、セリスがエドガーへの“許容”をやる気なく譲歩しているところに、
「でもね」
 と、その含みある囁きが降ってきた。
「だまされてあげるのとは、少し違うかしら……ちゃっかりしたところを、仕方ないわねって負けてあげると、すごく安心するみたい、あのひと」
 内緒ね、とティナは笑み崩れそうな口元を人差し指で覆った。
 当てられた友人は、苦笑するしかない――内緒にせずとも、それは彼女でしか彼には効かない業だろうから。


「悪いね。口では誰も俺には勝てないんだ」

 背を向けた後、走り去るその前に、彼は置き土産のように述懐していた。
「なのに、どうしてかな」
 全速力でセリスを撒いた後、彼はふと立ち昇った疑問を、飛空艇の自室に戻る歩みの間に考え続けていた。
 ――どうしてなのか、ティナだけは丸め込めない。
 勝てるに決まっているのに、負けておきたい気分になるというか。負けてもらっているようで、勝った気分になれないというか。
 思惑通りにする事など、いともたやすく出来るような気がする。だが、したくないのだ、他でもない自分が。
 嘘も、おべんちゃらも、見栄も、引け目も、後はそう、虚勢すらも全て本当は見抜かれている。それでも彼女は、俺を信じてくれているのだ、無防備なまでに。――そうだと思う。そう思いたかった。
 彼女が折れてくれる、すると無性に彼女の考えを容れようと思う。彼女が語ること、思いには彼の理想が詰まっていて、夢を見たくなるのだ。
 魔物との戦いに明け暮れ、何とか命拾いをする日々では、常に弱者と強者を意識せざるを得ない。
 それでも、少なくとも人と人との関係性は――
「……勝ち負けじゃないんだよな、本来は」
 ティナに相対している時のような優しい気持ちで、彼は呟いたのだった。





ついでに一言あればどうぞ(拍手だけでも送れます)
あと1000文字。