【春風の便り】




暦は既に春で、幾ら関東地方が比較的早く暖かくなる地域であっても、寒い日は寒い。

撫でると例えるには少々厳しい寒風を頬に受けながら、類家は足早に家路を歩いていた。

買出しなど車を使えば風よけにもなるし、第一、時間と体力の浪費も少ない。

しかし暖房が付いていない事と、値上げされるガソリン代をケチった為に、この始末。

後悔など今更意味を成さない事に、小さく鼻を啜りながらひたすら足を動かす。


「はー…。アンタは良いよな…寒さとか感じなくて…」


愚痴交じりに類家がそう呟きながら肩越しに後ろを振り返れば。



「………あれ?」


目的の相手の姿は何処にも無かった。



「え、嘘っ?!」


斎原とて迷子になる年――これ以上取らないが――ではないし、仮に迷ったとしても空から街を眺められる。

それに何よりも斎原自身が、類家から長い距離を離れる事が出来ない。

だから取立てて慌てる必要は無いのだが、居ると思い込んでいた存在が不意打ちに居ない事は、地味に焦る。

今の類家もその状態で、慌てて歩いて来た道を引き返せば。



角を曲がった先にある木の下に、斎原の姿があった。



「アンタ………何、してんだよ…」


一先ず姿が見付かった事に安堵し、類家は動揺を隠すように呆れた声を洩らす。

木陰に佇む斎原は、ただ脇に聳える大木を見上げていた。

視線を辿って類家も頭上を見やれば。


「あ…」



方々へ伸びている枝の先に、薄い桃色の蕾が並んでいた。



「そっか………桜の蕾か」

『……………』


類家の呟きに、斎原が淡々と頷く。

しかしその目元は僅かに緩んでおり、無表情な横顔が何処か和んでいるような雰囲気を醸し出していた。

木々の隙間を吹き抜ける風が未成熟な花弁を擽るように揺らす。

先程まで寒さしか感じていなかったのに、何時の間にか雲が晴れ、降り注ぐ日差しで暖風に変わったらしい。


「桜が咲く頃になったら、花見でもするか」

『……………』


類家の言葉に、斎原は相棒の方へと視線を転じると、口元を歪ませる。

だがその笑みは普段のニヒルなものとは違い、とても穏かな微笑だった。








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