「…つまんねぇな…」


はぁ、と短いため息を吐いて、ロイドはリモコンを押してテレビを消すと、ボスッとソファの上に身を投げた。
決して広くはないリビングなのに、その声はいやに大きく響いてロイドの耳に跳ね返ってくる。

もう一度小さなため息をついて、ロイドはソファに寝転んだままチラリとカレンダーを横目に見た。


「帰ってくんのは明日の夜かね…」


クラトスの出張の予定を思い出しながら、ロイドはポツリと独りごちた。

クラトスが出張で出かけてから、そろそろ一週間が経つ。
こんなに長い間、クラトスが家を空けるのは初めてのことだった。
今までも仕事柄、ニ、三日出張することは度々あったが、こんなに長い期間は初めてだ。

最初は、鬼のいぬ間になんとやら、で。
クラトスがいる時にはできないような、夜更かしでゲーム三昧、深夜テレビを見放題。
などと浮かれていたロイドだったが、さすがに一週間も経つと、独りの寂しさの方が上回ってくる。

クラトスは寡黙なタイプだから、一緒にいても賑やかなわけではないが、それでもその存在が傍にあるだけで安心できる。
何より、好きな人とずっと離れ離れでいるのが、辛かった。

いつも一緒にいるのが当たり前すぎて、こんなに離れているのが辛いことだとは思わなかった。
改めてその存在のありがたさをロイドは実感していた。


「早く、帰ってこないかな…父さん…」


ロイドは、いまこの場にいない相手を想って、ソファの上のクッションにギュッと抱きついた。

実物は、こんな柔らかな感触なんかじゃなくて、もっと硬くてがっしりした、ロイドが抱きついても揺るぎもしない筋肉質で立派な体躯。
すっぽりとロイドの身体を包む広い腕。
優しく頭を撫でてくれる大きな手。

それらを思い出したら、クッションの感触に物足りなさを覚えて、すぐにポイッと投げ捨てる。
そこへ携帯の着信音が、静かな室内に鳴り響いた。


「こんな時間に誰だ?」


時計の針は日付が変わる時間を指している。
しかし、独りぼっちの寂しさに沈んでいたロイドにとって、話し相手ができたるのはありがたい。

ロイドはむくりとソファから起き上がると、携帯へ手を伸ばす。
相手を確認しようとディスプレイの表示を見て、ロイドは「あっ」と声を上げた。


「父さん!?」


パチンと素早く携帯を開くと、ロイドはディスプレイの表示に出ていた相手の名を呼んだ。


「ああ、こんな時間にすまない」


耳に馴染んだ落ち着いた低い声が携帯のスピーカーから聞こえてきて、ロイドは思わずほっと息が漏れた。


「どうした?もう、寝ていたか?」

「あ、ああ、いや。まだ、起きてたよ。それより、珍しいじゃん。父さん、あまり携帯で話すの好きじゃない癖に」


思わず安堵のため息が出てしまったのを誤魔化すようにそう切り返すと、携帯の向こうで苦笑を漏らす気配がした。

クラトスは普段から携帯をあまり好んで使用しようとしない。
仕事仲間との連絡は普通にするが、親しい…特にロイド相手には、わざわざ携帯を使って話す必要もないだろうと言って、用事がない限りはロイドの携帯にかけてくることはなかった。
ちゃんと顔を見て話すほうがいい、と思っているようだ。

しかし、そんなクラトスも、一週間もロイドの声を聞いていないことに流石に寂しさを感じて、こうして携帯をかけてきたのだろうか。
それを思うと、少しだけロイドも寂しさが紛れた。


「どうだ?そちらは変わりはないか?」

「ああ、別に変わったことはないけど…」

「なんだ?」


言葉を濁したロイドに、クラトスの怪訝な声が返ってくる。


「う…ううん。なんでもねぇ。こっちはなんも問題ないよ!」


思わず出かかった気弱な言葉を呑みこんで、ロイドは口早に答えた。


「それより、何時帰って来れるんだ…?」

「………」


ロイドの問いに、沈黙が返る。
それにロイドは「父さん?」と、不安な声で呼びかけた。

もしかして、予定が伸びた…とか?
それを伝える為の電話だったのかと、ロイドは落胆する。


「ロイド…寂しいか?」


ロイドの微妙な声に察したのか、クラトスが聞いてくる。


「あ、当たり前だろ!」


それにロイドは素直に答えた。


「早く帰って来てよ、父さん…」


面と向かっては、きっと照れて言えないことも、電話越しだとスムーズに素直な言葉が出る。
それから暫く沈黙が続いた後、クラトスの「わかった」という声が聞こえた。
それからすぐにプツリと電話が切れて、ロイドは慌てた。


「ちょ…、父さん?…なんだよっ、お休みの一言もなしかよ!」


あまりに唐突な終わりに、無駄だと分かっていながらも、ロイドは携帯に向かって叫ぶ。

思わず八つ当たりで、携帯を床に叩き付けようとロイドが手を振り上げた時、家の外からガチャガチャと玄関の鉄柵を乱暴に開ける音が聞こえてきた。


「な、なにっ!?」


泥棒!?
一瞬、そんな不穏な考えが浮かんだ。

しかし、泥棒だったらこんな派手な音を出したりはしなか。
急いでいるのかなんなのか、やたら乱雑な音は近所にも筒抜けだろう。

短い時間であれこれ考えていると、こんどは玄関のドアの鍵を開ける音が聞こえてきて、


「え?…って、まさか…」


家の鍵を持っているのはロイド以外に一人しかいない。
しかし、その一人はまだ出張先にいるはずで。
しかも、さっきまで電話で話ていた相手だ。

信じられない気持ちで、ロイドは玄関へと足を向けた。


「ただいま」


ドアを開けて入ってきたのは、やはりクラトスだった。
右手に家の鍵と、左手に携帯を持ったクラトスが、玄関の中で立ち止まると、ニッと笑ってみせる。


「と、父さん…?えっと、なんで?だって、さっき…」


ワケが分からず?マークを飛ばすロイドに、クラトスは更に笑みを深める。


「さっきの電話は帰ってくる途中でかけていたのだ。あと少しの辛抱だと思ったんだが…」


待ちきれなくて、な。
なんて苦笑を浮かべながら答えるクラトスに、ロイドは思わず抱きついていた。


「おかえり」


そう言って、大きくて頼もしい胸に腕を回した。














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