「おい」
 こちらを見るなり、桂は眉を潜めた。
「なんという成りだ。はしたない」
「えー」
 勝手知ったる隠れ家の畳の上で大の字になっていた沖田は、視線だけを巡らして家主を見上げる。
「だって、暑ぃんだもん」
「だってじゃない。仮にもうら若きおなごが、そんな姿勢をしていて、良いとでも思っているのか」
「俺、元男だけどねぃ」
「だから仮にもと言ってるだろう」
 仮にもって、そういう使い方だったろうか。首を傾げてはみるが、あえて反論するのは止めておいた。したところで、桂は聞き入れてくれないだろう。
 両性具有を神とする、いっちゃった宗教団体のテロにあって以来、こんな風に女の体になることがある。縁のない女体、というほどでもない。いくらナイスバディとはいえ、それが己のモノでは興奮しろったって無理がある。そんなこんなで、野郎にナンパされてウザいだけでしかない状態は全く有り難みなどなく、往来で急にこうなっては緊急避難するしかない難儀な身の上である。
「何故わざわざうちに来る」
「そりゃ、近かったからでさぁ」
 その言葉に嘘偽りはない。何しろ女の姿の沖田に、桂ときたらはしたないだなんだと口煩いのだから。
「こら、胸元を緩めるな」
「暑いんだって。嫌ならクーラー入れろってんでぃ」
「侍がそんな軟弱なものを使えるか。いいか、大和撫子たるもの、いかなる時も慎ましやかにしなければならぬ。たとえそれがいかなる猛暑でも…」
 お説教を、右から左へと聞き流す。こいつにこう女扱いされるのは、むさ苦しいナンパよりもムカついた。わざと、胸元のボタンをもうひとつ外してやると。
「ほう。いい度胸だ」
 声と同時に、目の前が陰った。見上げれば、白い顔が至近距離で見下ろしている。流れ落ちる黒髪が頬に触れるのを、くすぐったいと感じる余裕もなかった。
「え?」
「男の前でそんな姿をさらすというのがどういう意味か、判っているな?」
 問う声は低く、顔の両サイドに着かれた手はひどく大きかった。自分より広く感じる肩幅に、改めて桂を男だと意識する。途端、背筋を冷たいものが走った。
 今の沖田では勝ち目などない。いつもと逆の立場に、唾を飲み込む。それでも最後の意地で、沖田は賭けに出た。
「だったら、」
 右手を持ち上げ、桂の頬に触れる。
「アンタが教えてくれるんですかぃ?」
 途端、ゲンコツが落ちてきた。
「痛ってぇ!」
「大人をからかった罰だ!」
 覆い被さっていた身体が翻って、沖田は解放される。
「だいたい、貴様には真面目さとか真剣みとか、そういう物が足りない! 怒られているときにその態度はなんだ! これだから芋侍は!」
 口喧しい説教が、また始まった。しかし、桂はこっちを向かない。艶やかな横髪から覗く耳が、真っ赤に染まっている。
「聞いているのか貴様!」
「へいへーい」
 どうせ、こっちを見ない桂は気づかない。沖田はこっそりと、ほくそ笑んだ。
 こんな風に動揺させられるなら、女の姿も悪くない。
(どうせなら、)
 元の姿で、こいつを慌てさせられたらよかったのだけれど。



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