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「早々にまた会うとはな」

「いや、まあ。よく考えたらすぐに二度目の戦闘をしちゃいけねぇ、なんて言われてねえからな」

 月が細々とその身を主張する、闇深き夜。
 涼やかさの中にもどこか気だるげな感じを思わせるアサシンの声と、太陽にも似た陽気さを思わせるランサーの声が響いた。
 場所は柳洞寺へと続く階段の頂上。山門のことである。


 拍手御礼SS 佐々木娘次郎はなんたら


「なんだい。昨日とは恰好が変わってるじゃねえか」

 真紅の長槍を肩に担いでランサーが笑みを溢す。その笑みは、わかっていてなお聞いたと言うべき種類の代物であろう。なんとも意地の悪い笑みだ。

「お主が、無残にも切り裂いてしまったからな」

 それがわかっているのか、アサシンは表情を変えることもなく、ランサーにその理由を告げる。
 変わらず涼やかな口調はランサーの言葉などどこ吹く風、といったところ。

「ま、そうだけどよ。しっかし、お前のマスターもマメだな。昨日今日でその格好かよ」

 だが、一つのからかいで足りぬと分かれば、すぐさま二つ目を放つ。その節操無きランサーの態度に、さすがのアサシンもかすかに目を細める。

「ふむ。私の主はこの手の類のことに精通しているらしくな。これから先どのようなことになるのか見当もつかんのだが。この熱意をもっとほかのことに向ければよい物を。まったく不器用としか言いようがない」

 やれやれと、アサシンは呆れを言葉に乗せる。その姿はそれこそ、アサシンが男でそれなりの格好をしていれば様になったであろう。
 だが、現実にはアサシンは年若い女子の姿であり、またその格好もキャスターの厳選した可愛らしい衣装に飾られている。
 思わず、大声で笑い出しそうになったランサーだったが、そこはそれと口の端を歪めるだけに止め本題に入った。

「ま、いいや。とりあえずさっさとはじめようぜ」

 ここには楽しく言を交すために来たわけではない。サーヴァントとして、戦いに来たのである。
 マスターにかけられた令呪の効果は未だ身を蝕んでいるが、昨夜ほどではない。
 朱槍を起用に回しながらそう判断したランサーは、目の前のアサシンが刀を抜くのを待った。もちろん笑いながら。

「――待たせたな」

 昨夜と同じく面倒な手順を踏んで刀を抜いたアサシンは、それをただ待っていたランサーに謝罪する。

「なあに。見てて飽きるもんじゃねえし気にすんなよ」

「そうか。それはありがたい」

 短い言で答えたアサシンは緩やかな動作で刀を構えた。身の丈ほどの長さの刀を肩の高さまでアサシンは掲げていく。

「そんじゃま、始めるとしますか、ね!」

 「む」

 冷たい夜気をそれ以上に凍えた甲高い金属音が散らす。
 アサシンの動作が終わると同時に口を開いたランサーは、その言葉を終える寸前に戦端を開いたのだ。
 両者はどちらも間合いの外。自らの獲物で標的を切り刻むには少なくとも両者が一歩ずつ踏み込む必要があった。
 だが、距離を詰めたのはランサー一人。それも一歩と呼ぶにはあまりに小さな踏み込みだった。
 それではアサシンの間合いには届いても、その身を傷つける距離には足りない。足りないはずだったが、槍を突き出した瞬間ランサーは、握りを槍の中ほどから滑らせたのだ。石突きに触れんばかりまで浅く握り、さらに目一杯腕を伸ばすことでランサーの心の像を抉る距離まで届かせたのである。
 ランサーの曲芸染みた突きは、不確かな体制で放たれたとは思えぬほどの必殺の一撃であった。
 そして、そのランサーの一撃に刹那不意を突かれたアサシンだったが、雷速の凄まじさをもって朱槍を弾いたのである。
 交差は一瞬。どちらの体勢も僅かの乱れすらない。あるとすれば、それは。
 アサシンの姿が変わっていることだろうか。
 それは一瞬だけ膨らんだ濃密な戦いの気配を霧散させるに十分だった。少なくとも、ランサーにとっては。

「なあ、いまさらだがよ。それじゃ、昨日よりも事態が悪化するんじゃねえのか」

 そう言われて――ランサーの視線が何を指しているのか気がついた、アサシンは階段に散らばる、無残にばらまかれた、先ほどまで自分の体を纏っていたものを視界に入れた。

「まさ、か、このようなことになるとは」

 たんたんとしたアサシンの声であったが、先ほどまでは感じられた余裕は微塵も残っていない。
 ランサーの一撃に反応した際、迎撃と同時にほとんど弾みで自身の装束を纏ってしまったのである。

「ま、たしかにこれは想像できなかったけどよ。俺も、まだこっちの服を着たことはねえからわかんなかったが」

 頬を掻きながら、顔を青くしているアサシンに言葉を続ける。

「そもそも、ごてごてしたもんを着てる状態で、無理やりほかのもんを着ようとしたらどうなるかわかりそうなもんだけどな」

 その言葉に、俯いていた顔を上げたアサシンの表情にあったのは、正しく。

「――ふ、む」

 確かにそのとうりだ、というもの。
 それがすぐさま恨みがましげな、眉を寄せたものに変わる。

「んん。まあ、気がつかなかったもんはしょうがねぇ。いや、つうか俺が悪いんだろうし。とりあえず、今みてえなあんたと戦うつもりはねえよ」

 滾らせていた戦意をきれいさっぱりその身に抑えたランサーは、代わりに意地の悪い笑みを浮かべると。

「せいぜい、怖い女に気をつけることだな。あばよ」

 アサシンに背を向けて、ここに訪れた目的をきれいさっぱり諦めて柳洞寺から遠ざかった。
 それこそ、ランサーがとっさに呼び止めることもできないほどの鮮やかな。
 後に残るは顔面蒼白のアサシンのみ。あまりのあっけないランサーの撤退に一人佇……
 ――否。そこには…… 

「ア~サ~シ~ン~。貴女~」

 自分の用意した衣装がまたも無残な姿を見せていることを知った、魔女の如きキャスターの姿が。
 今まで覗き見ていたのではないかといわんばかりの絶妙なタイミングで現れた。
 それこそ物の怪すらも今のキャスターと比べれば可愛く見える。そう感じたアサシンは、ただただ、首を振ることしかできなかった。



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