神さま不在の庭（キョン→ハルヒ）





<sup>窓ガラスを通して暖かな陽光が差し込んでいた。麗らかな春というやつである。教室の空気はすっかり弛緩して、ぼんやりした空中を教師が教科書を解説する声が延々漂っていた。教室後方の俺の席から見ると、すでに眠りの世界へと撃沈している級友の数はすでに軽く10を越えている。
昼休み直後の古典という、時間割を組んだ先生方が生徒に睡眠時間を与えたとしか思えないような授業中だ。何もしないのは流石にあまりにもアレなので古典の教科書は開いているが、俺はと言えばすでにノートを取る気も失っていた。というか今どこをやっているか何回教科書を読んでもよくわからなかったのであきらめた。生憎日々の暮らしに精一杯の俺は残念ながら何百年も前の先人の換言にまで気を回している余裕はない。なんていうのは建前で全く興味が湧かないだけだけれども。
講義を聴くことをやめると授業中というのは存外暇なものだ。ぽかぽかという擬音がぴったりの春の空気にも関わらず、なぜかあまり眠くない。今寝たらとても気持ちがいいだろうに。かといって脳が冴えているという訳でもなく、今日の俺はペン回しもろくに成功しない有様である。ろくに使っていないのに消しゴムも3回落としてしまった。集中力というものが欠けている。普段の自分ならばここまで酷くないように思うのだろうが、これも春の陽気の所為というものだろうか。
時計をちらりと見やれば、終わるまでに後40分以上もある、さっきから全然時間が進んでいる気がしない。古典が終わっても次にまた別も科目があるのだと思うと、どっと倦怠感に襲われた。本当に、今日は時間がのろのろとかたつむりなみのペースでしか過ぎていかない。
いい加減うんざりとした俺はもう机に伏せってしまうことにした。ブレザーのざらざらした感触を額に感じながら目を瞑る。背中に陽光が当たって、色の濃いブレザーが温度を吸収していくのがわかった。学校の机特有の少し埃っぽいような匂いも。しかし、いくら目を固く瞑っても全く睡魔が訪れない。いつもならこういう時にすぐさま背中をすごい勢いでつついてくる恐るべきシャーペン攻撃もないというのに。何だかなあ。まあこういう日もあっておかしくはないのだが。
俺の一つ後ろは、今日は空席である。理由は知らない。朝のHRの様子では担任にも連絡が来ていないようだった。だが取り立ててどうということもあるまい。季節の変わり目でもあるし、風邪でもひいたのだろう。よくあることだ。別に何でもない。
本当にどうということでもないのだろう。考えてみれば何の連絡もなく休む奴なんて他にもたくさんいるし、禁則事項やら緊急のバイトやら、そういうのとも関係があるとは思えない。あいつらも首を振っていたし。だから、別に心配などもする必要なんかないだろう。欠席理由を尋ねるメールがもう4時間も返って来ていないとしても。



いくら待っても眠くならないので、体勢が辛くなってきた俺は顔を上げた。瞬きをしながら上半身を起こし、ブレザーのポケットから携帯を取り出す。机の影でもう一度確認したら、新着メールが1通来ていた。急いで開けたら何かの広告メールだった。思わず苛っとしながら削除する。携帯ディスプレイの上部に光る時刻を確認しても伏せる前から5分しか経っていなかった。本当に苛々するくらい今日は時間が経つのが遅い。
新着メール問い合わせをしようかと思ったが、また何も来ていなかったらむかつくのでやめた。ずっと携帯とにらめっこをしているのも微妙なのでまたブレザーのポケットに滑り込ませる。気分転換に今黒板にかいてある内容だけでもノートにとろうとしたけれど、書き始めて数行のところで全て消されてしまった。まともに授業を聞いていなかった自分が悪いのだが、何となくまた苛々する。授業を諦めて窓の外に視線を彷徨わせるも、校庭には誰もいなかった。普段はどこかのクラスが体育をやっていたように思うのだが、今日に限って体育館でも使っているのだろうか。おかげでぼんやり鑑賞する対象すらない。
何だかもう全てが上手くいかない。せっかくの麗らかな陽気の中で、世界で自分ひとりだけが惨めな境遇に置かれている気さえした。こんな些細なことで、と思うが苛々がなかなか納まらない。今日はまだ会っていないあいつの顔が脳裏にちらつく自分に自分でうんざりだ。どこにも焦点が合わない視界の中で、学校ってこんなにつまらなかったっけと俺はため息を一つ吐いた。</sup>