「いやだ…もう、したくない」
息苦しさを吐き出すようにそう言って上目遣いに見上げてきた青はうっすらと涙をためて潤んでいる。
目元や頬を赤く染め、懇願するような響きを纏ったそれに、サスケは跳ね上がる動悸を抑えながら首を横に振った。
「駄目だ」









たのしい夏休み







カチカチと決して掴むことの出来ない時間というものの存在を最も分かりやすく知らせるその音を鳴らす秒針がうちはサスケがこの部屋に入り、少なくとも60回以上は周回している。
だが体感ではそれ以上、もう何時間も経ったと思うほどうずまきナルトには随分と長く感じられた。
そして何度、もういやだ、と言ったことだろう。
何度味わっても楽になるということはないこの時間を終わらせたくて口にする拒否は冷たい言葉ですげなく却下される。
それでももう限界だとナルトは逆上せたような頭でまた繰り返した。
「も、したくねぇ…」
「駄目だっつってんだろ」
本当に辛そうに、否、辛い想いをサスケに1秒の間も無く跳ね除けられ、あまりの無慈悲さにナルトの青い眼が挑むように吊り上る。
「んだよ!もう疲れて無理だっての!」
眉根を寄せて叫んだナルトの頭にテーブル越しに届けられた。
「誰の為にやってると思ってるこのウスラトンカチ!まだ10ページ以上残ってるだろうが!」
丸めた数学の教科書が。
パンッっと小気味良い音とともに結構な重みのある衝撃とそこから痛みが広がり、先ほどから拷問かと思える勉強の苦痛から来る涙がじわりとまた威力を増した。
「だってワカンネーし!これ以上やったらアタマが変になるっての!なんかぼーっとしてきてるし、熱いし、これってぜってーチエネツってやつだって!」
謎の記号と日本語であるはずなのにさっぱり理解不能な文字の羅列にナルトは涙目でとうに真っ白に燃え尽きた旗を揚げる。 「泣くほどの事かよ…」
「泣いてねー!……けど泣きてぇ」
机にうつ伏せたナルトの前に置かれた問題集はまだ開かれていないページがそれなりの厚みを見せていた。
ナルトの父の知り合いの万年マスクをした変態が家庭教師だと聞いて、代わりを買って出た、というより奪ったサスケは予想通りの出来に小さく溜め息を吐く。
折り目をつけ広げられた後があるページよりも残った、全く手をつけられてない枚数の方が圧倒的に多いのだ。
これを今日を含めてもあと2日で終わらさなければならないなんて考えただけでも頭が過負荷で煙をだしそうだった。
8月30日。
夏休み最後の日を目前に迎えたこの日、ナルトは誰としたかは分からぬがお約束のように夏休みの宿題をしっかりと残していた。 「コレ全部なんて…」
「これぐらい2日もあるなら出来て当前だろ」
「学年首位サマにはソウデスネー」
ぷぅ、と頬を膨らませる仕草は知り合った幼い頃から変わらぬ癖で、その頃から変わらぬ種類の感情をサスケに込み上げさせる。
「たった三教科しか出てねぇくせに」
「特進科と一緒にすんなってば」
くしゃっと顔を顰めて舌を出したナルトとサスケが通う同じ高校は同じ学校でも特進科と普通科に分かれ、特進科のサスケの方が実は出された課題が多いが夏休みに入って一週間で終わらせてしまっている。
勉強が好きだなんてナルトには一種の変態としか思えない。
賢明にも口には出さないが。
以前出して、変態だって言うんならその通りにしてやる、と不用意な一言が招く事態をそれはそれは身に染みて教えられた過去から得た教訓だ。
またあんな目に遭わされれば今日一日が潰れるだけでなく、明日にまで響くのは目に見えている。
特に今はただでさえない時間をそんな事に費やすわけにはいかない。
「ぜってー諦めねぇ…今日中に終わらせてやる!」
涙が微かに滲みながらも強い意志を宿らせた青目を上げたナルトはシャーペンを握り直した。
しかも今日中にやりきると宣言するほどやる気が満ちている。
むしろ気合いが入りすぎておかしい、とサスケが感じるほど。
「明日、何かあんのか?」
確かに時間はないがあの勉強嫌いのナルトが一日もの余裕を残し宿題に取り組むなど何かある、と脊髄反射的な速度で判断したサスケにナルトは笑顔で答えた。
「おう!明日さ、夏休み最後だからキバたちとプールに行く約束してんだってば!」
サクラちゃんたちも来るんだぜ、と女子の水着姿も楽しみの一つに入れたナルトは年相応の男子らしい、ごく普通の高校生の反応で何の問題もない。
あるとするならば、その隣の男子がごく普通というわけでないだけで。
「へぇ…」
瞬き一つの間にサスケから不機嫌を空気に溶かしたなにかが立ち昇る。
「さ、サスケ?あのさ、あのさ!別にお前を仲間はずれにしてたわけじゃねーかんな!?この間プール行きたいかって聞いたら家に居るほーがいいって言ったから無理に誘っちゃワリーって思っただけ、行きてーんなら一緒に行けばいいじゃん!」
サスケがすっと目を座らせ、声が地を這った理由を盛大に誤解したナルトは慌てて誘わなかった訳を話すが、原因がそこではないので宥める効果は残念ながら得られない。
「別に行きてぇわけじゃねぇよ。家に居る方がいいっていうのはその通りだしな」
「じゃあ」
何で怒ってんの?
そう聞きたかった。
だが開くより先に塞がれた口では無理で、唐突すぎる展開に混乱した頭からは聞こうと思っていた事など吹き飛んでしまう。
何故自分は床に寝て、上にサスケが覆いかぶさってて、唇を塞がれ、ぬるっとしたものが口の中に入ってきているのか。
情況をナルトが呑み込めないまま、ただ慣れた舌は過敏な箇所をくすぐって出ていった。
「浮気しに行くとはいい度胸だなぁ」
にやり、と非常によろしくない笑いで口端を上げたサスケの言い分は数パーセントを切っていたナルトの脳の稼働率を更に下げ、活動を停止へと追いやる。
そうして。
ナルトのたのしい夏休みは終わった。
潰れた一日を取り戻すべく、家で31日まで宿題の追い込みという予定に彩られて。












(終)



自分ぬきで水着姿を見せるのも、他の誰かの水着姿を楽しみにして見にいくのも浮気だ、がうちはサスケ基準だそうです。サスケはプールに行ってナルトの水着より家であれな姿のナルトさんを見るほうがいいそうです。
下らぬうえにやまなし、おちなし、いみなし駄文で失礼しました…!
こんなんですが拍手ありがとうございました!
コメレスは日記にて返させて頂きます。



'09/4/2




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