拍手ありがとうございました! ファミリーで10題設定してちんたら続けます。まずはこちら。 『1、ハルモニアン/団らん』 ルック先生が週一くらい家に帰って家族団らんの場を設けよう、と思ったのは別に強制されてのことではない。 師であるレックナートの心配やセラの不安げな瞳、ひいては成長するに伴って「あ・やっぱりおかしいの僕じゃなかった兄さんやヒクサクのほうだった」と周りから太鼓判を押された事態に起因する。わかりやすく表示するなら『ヒクサク>>越えられない壁>>ササライ>ルック』という非常識レベルであった。ちなみにルック以外の全ての人間は一番右の不等号を『≧』で表現していたが、そんなことはルック先生が知らなくてもいいことだ。知ってても別に認めないし。 だが、親兄弟の非常識度を冷静に判断できるようになったのが思春期を過ぎてからだったので、妥協して素直になれる段階はとうに飛び越えていた。哀しい少年時代から切ない青年時代への突入である。さらに付け加えるなら、その間にヒクサクのアレさには磨きがかかっていたし、ササライはただひたすらぼやぼやしていた。ツッコミが来いとデスクを叩いたら通りすがりのナッシュから、ではご自分が行って下さいと激真顔で諭されたのは屈辱でしかない思い出だ。 ということで、週一というのは今のルックの耐え得るギリギリなのである。 ルックが反抗期……ならばまず反抗を終えて帰るための家が必要か………などと考えヒクサクは別に思い出もへったくれもない館をどんと建て(ハルモニア病院の敷地内に)、どんなに多忙であっても週一のその晩はそこに帰るようにしていた。正直住み着いているのは「勤務地まで徒歩0分! ラッキー☆」と素で思ったササライだけである。スーパーの近さとか繁華街への距離、はたまたプライバシーの有無などを居住地に全く求めない兄さんは無敵だったデリカシー的に。 ………まぁ、何はともあれ金曜の晩、その館に帰宅(?)したルックがため息を吐くのはもう恒例行事なのである。 「ああ、ルック、遅かったな。手術が長引いたのか? 待っていろ、すぐにササライも呼ぼう」 そう言って少し骨ばった左手をサイドテーブル上の重々しいベルに伸ばし手首を翻すと、そのベルはリーン…と思いのほか涼しげな音を鳴らした。と、一分も待たずに白髪でタキシード姿の執事が現れる。 「お呼びでしょうか、ヒクサクさま」 「すまない、ササライを呼んで来てくれ。あと夕飯の準備を」 「はい」 ほとんど音もたてずドアから執事が消えると、ルックは静かに息を吸う。 怒鳴ったら負けだ僕。つっこんだって意味がないんだ。でも……でも、なんていうか一つだけいいかな……!! 「いつの間に・なぜ・なんのために使用人とか雇った……!!?」 「……ルック、質問が微妙に重複して」 「いいから答えろ。ていうかまずそのゴブレットを置いて。照明も蝋燭とかやめろって先週も言ったよね僕は!? ササライが火事を出さないとでも思ってんのか兄さんナメんな!」 「お前がナメるな兄さんでなく父さんを。ササライが火事……? 出さないわけがないだろう。既にボヤ二回を記録しているわ。だからこうして使用人を雇用して」 「蝋燭をやめろよ……! 最近のガス家電事情は火事出すほうが難しくなってるからね!? あんたが今すぐゴシックをやめれば済む話だったんだよどうせササライにこだわりなんかないんだから!! LEDを光るクリオネの新種と言っても信じる男だよ!!?」 「それはお前さすがにササライをナメすぎじゃないのか。あとこれはゴシックではない。お前が先週さんざ文句をつけたので大改装した…………今回は歪んだ真珠──バロックだ!!」 「なんであろうとゴブレットを飾りたてるような文化はやめろ!!!!!」 次男の大声にさすがのヒクサクもプレスガラスで創られりんごと樹木、そして這いよる蛇をモチーフにした重厚なゴブレットをびくりと揺らした。白濁した冷たい液体が、蝋燭の光を受けてこぽりと表面をオレンジ色に揺らす…… 「あと何でもゴブレットで飲むのはホントにやめろ。ピルクルだよねそれ!!?」 「仕方ないだろう……冷蔵庫にピルクルしかなかったんだから。ササライあいつ一体どういう生活を……」 「兄さんに合わせるんなら一階をコンビニにしなよ! ていうか使用人何やってんだ仕事しろ!!」 「ササライしか住んでない現状だから、ササライに合わせてやってくれと言った結果だ。内装以外」 「ゴシックもバロックもロココもやめろ。ロシア宮廷に走ったら外科は分家する」 「そんな馬鹿な……」 「え、なんですかこれ。週一の団らんで分家騒動? あ、ヒクサクさまご無沙汰してます。ルックやっほー」 そこへ、とてとてと兄がユニクロ丸出しで降りてきた。定時で上がってからお菓子食べて惰眠を貪っていた内科部長さまである。 それを見て、ルックはどっと脱力する。なんでかはさっぱり分からないが、ヒクサクは長男の有り様を特に気にしていないようだった。まぁササライもこの内装を気にしてないようなのでおあいこか。 ともあれ、兄にどんな欠点があろうともそれは厨二とは関係ないと認めざるをえない瞬間である(相対的に)。 「まぁ……ヒクサクさまは患ってらっしゃるからね。ルック、君と同じ顔でだいぶん………」 「兄さんとも同じ顔だろう!!」 「でも僕、気にしてないし」 「…………待てお前たち、それはどういう……」 「(無視)だいたい兄さん、アンタ会議も出ずに定時帰宅って」 「だって時間スライドするの忘れてて定時出社したんだよ。居残ったら吼え猛る労働組合から蜂の巣じゃない?」 「忘れんな!!!」 「いいでしょ別に………正直、産婦人科の人事異動会議に内科部長が必要な理由がさっぱり分からない。うちくらいだからね、大病院で内科の下に産婦人科がくる組織図……」 「僕も正直外科の下に小児科がくるのはどうだろうとは思ってる。ヒクサクあんた世間をナメてんの……? 馬鹿だからねぶっちゃけ、あらゆる科を『身体の中だと思う? 外だと思う?』のフィーリングで内科と外科の下に分類するのは」 「………………」 ヒクサクは黙ってシリアス顔をしていた。たぶんうっすら自覚があるのだろう馬鹿だという。 だが、どちらかといえば産婦人科は中で小児科は外で間違いないと思う────という反論は尚更馬鹿にされるだけだと察したので言わなかった。さすがIQの高い男は違う。 ただし、息子たちの認識が一つだけ間違っていたので訂正はしておいた。 「………ルック、ササライ、『あらゆる科』ではない。例外だって設けてある」 「「ああ………」」 結果、心底あきれ返った瞳が四つ、返ってきた。 年を経るごとに、なんとなくこんなことが増えてちょっと寂しいヒクサクである。昔は思いもよらなかったことだが、最近になってごくたまに……ササライはルックと同じ表情をこちらに向けてくる。本人たち(特にルック)はまったく気づいていないようだが、父としてはどことなく疎外感を覚える瞬間だった。 ──本来なら喜ぶべきことだ、とヒクサクが気づくのは、果たしていつになることだか。 それはともかく、ハルモニア病院内部略図は、現在こうなっている。 院長 / \ _人人人人_ 内科 外科 > 眼〇-〇科 < │ │ Y^Y^Y^Y^Y 産婦人科 小児科 咽喉科 耳鼻科 その他 その他 正直なところ、耳鼻咽喉科につっこんでいる暇すら惜しい。 結果として今晩も、ササライが、そしてルックが、ため息とともに諦観の目線を向けてきたのだった。 「ヒクサクさま……眼科は院長直轄ってことでいいんですよね?」 「………言っとくけど六波羅眼科って呼ばれてるからね、余所で……」 「なんだと関わり合いになりたくなかっただけなのに」 つっこみを置き去りにしたまま、ハルモニアンファミリー団らんの夜は更けていく。 コメント:たぶん泌尿器科は内科。 |
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