Missing:村空









「恭の字、ちょっと」








* 牡丹 *








言って、亜紀は空目の腕をとった。
「…何だ?」
「……」
きゅっと眉根を寄せる空目の問いかけを無視して、亜紀は掴んだ腕を軽く持ち上げ、袖口に視線を送る。
「釦」
「ん」
「取れかかってる。なくさないように、取って持っとけば?」
「…あぁ、」
そういうことかと、空目は解放された腕を今度は自分で持ち上げ、だらりとだらしなくぶら下がる釦を見た。
「木戸野がつけてあげたらいいじゃん」
2人の様子を眺めていた武巳が、無責任な横槍を入れる。
「それは発見者の義務だろ?」
そう言って武巳は笑う。
「嫌だね。第一、裁縫道具がない」
「女の子皆が皆、ティッシュハンカチお裁縫セット鞄に入れて持ち歩いてるって、思ってるんでしょ武巳クン」
「ば…っ」
武巳を茶化すように言って、稜子は笑んだ。
馬鹿、と言いかけて武巳は口ごもる。
そんな3人に全く頓着せず、空目はかろうじてぶら下がっている釦に手をかけた。
取ってしまうつもりで引っ張るが、なかなか取れそうになかった。
「あぁ、恭の字、あんま下手に引っ張るとそこの生地悪くするよ。鋏貸すから引っ張っちゃ駄目」
亜紀はそんな空目を見かねて声をかける。
すると武巳は再び懲りずに意地悪く笑った。
「おい木戸野気付いてる?今村神みたいに過保護だぜ?」
「……はいはい、」
村神みたいに、という辺りに実は多大に反感を覚えたが、むきになるのもみっともないので、亜紀はただそっけなく返しておいた。
この場に村神はいないので、だからこそいつもより余計に口出ししてしまうのにも、なんとなく気付いてはいる。
だがどうにも空目は見ていて危なっかしいのだ。
ちょきん、と鋏が音を立て、釦は無事袖口から切り離された。
「はい、恭の字。なくしたら意味ないんだからね」
「ああ、…すまんな」
「過保護過保護」
釦を渡す亜紀を、不躾に武巳は囃す。亜紀はもう武巳を無視することに決めた。
「…ちぇー。村神と違ってからかい甲斐ねえのな」
「それは相手を間違えてるよ、武巳クン」
半ば呆れて、眉尻を下げて笑いながら稜子はそっと口を挟む。
「もー知らね。なんか飲み物でも買いに行ってくるわ」
「いってらっしゃい」
一種のいづらさでも感じたのか、武巳は大仰に立ち上がった。
稜子にもそれがわかったのか、ひらひらと手を振ってみせた。
「陛下、なんかいる?買ってくるけど」
「いや、いい」
「いいの?奢るのに」
空目の素っ気ない返事に何気なく返してから、武巳は稜子と亜紀の視線がこちらに向いてることに気が付いた。
「な…、何だよ」
亜紀に真正面からそう言える勇気はなく、武巳はとりあえず稜子を見て言った。
「だって。ひとのこと言えないくらい武巳クンも過保護なんだもん」
「な…っ、村神化してる、俺!?」
露骨に嫌そうな顔をして、武巳は顔を歪めた。
「…随分と嫌われたものだな、俺も」
そんなところへタイミングがいいのか悪いのか、のっそりと村神が現れた。
慌てて武巳はあとずさる。
「ぅわ、村、神…ッ」
「何だ近藤」
「何でも、ないって…、はは、」
ぎこちなく笑って、武巳は逃げを打つ。
「なんだあいつ…?」
訝って村神は武巳の背を眺めるが、稜子がくすりと笑っただけで、村神には何もわからなかった。
「あ」
不意に声を上げて、亜紀はぱたんと本を閉じた。
「恭の字。釦村神に渡しとけば?」
「釦?」
どうせ自分では付けられずに村神に付けてもらうんだろうとでも言うように、亜紀は言う。
何のことだかわからず、村神は僅かに首を傾けた。
「そ。取れちゃったんだって。魔王様の釦」
多少の歪曲を交え、話を大いに簡略化させて、稜子が答えた。
ふうん、と興味がなさそうに村神は相槌を打つ。
そしてやっと村神が部室へ一歩踏み込んだとき、急に空目が鞄を持って立ち上がった。
「あれ。帰っちゃうの、魔王様?」
「ああ」
「……」
空目の返事を聞いて、村神は空目の足元に置いてあった紙袋を持ち上げた。
それは確かに空目がこの部室へ持ってきたものであることは、稜子も亜紀もしっかり覚えている。
「じゃあね、魔王様。村神クン。また明日」
空目が帰るなら村神も一緒にだろうと稜子が声をかけると、村神も軽く返事をする。
「……」
「………」
空目と村神が部室を去ってから暫くして、亜紀と稜子は顔を見合わせた。
「やっぱり誰も村神クンの過保護には敵わないよねえ」
「敵いたくなんかないって…」
感心した様子で稜子は言うが、対して亜紀はげんなりした様子だ。
「でも、いいなあ。黙って荷物持ってくれるんだよ。女の子の理想」
「……中身がアレじゃなきゃね」
空目の非力は知っているが、だが男が男の荷物をさりげなく持ってやってどうする、と亜紀は小さく溜息をついた。
「そうだよねえ」
あはは、と稜子は軽く笑う。
村神の空目に対する過保護にはきっと勝てない。
文芸部一同のこの意見はきっと永遠に変わらないだろうと思われる。









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