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さよなら僕のやさしい夜よ






例えば10年も傍にいて分かり合えないことがあるように、どうにもならないこともあるかもしれない。
でも、20年後はどうだろうか。10年は無理でも、20年なら分かり合えたりするのかな。
10年って月日は、長いようであんまり長くないのかもしれない。
そんなことを思いながら俺は、夜道を歩いた。
大声で、西浦の校歌を歌いながら。


「みーはーしーぃ 近所迷惑だぞ」
「しってますう」
「そんならやめとけ」
それにお前知らないかもしれないけど って続けながら阿部くんがふうって息を吐いた。
「音痴なんだぞ」

阿部くんの言葉に、ムカついたから無視をして歌い続ける。
なんだろう 歌わなきゃやってらんない気分だった。
黒いネクタイと、よく分かんないおまんじゅうみたいなのの入った袋をぶんぶん振り回しながら歩く。
ぶんぶん回せば少しは早く前に進めるかなって思ったけど、そんなこともなかった。
速度は変わらず、景色は進む。
あーあ、きっと素直に泣けなかったからだ。
じいちゃんが、死んで、お母さんもお父さんも、ルリもリューも泣いていたのに、俺だけタイミングを逃したみたいに泣けなかったから。

「明日も手伝うんだろう」
「そーだね」
「俺も行くか?」
「 いいよ。お父さんと、お母さんもいるし、ルリとか修ちゃんもいるから」
「そっか」
「そーだよ」

だから、大丈夫だよ。
小さく口の中で言って、俺はぴたりと歩くのを止めた。
数歩後ろで困ったみたいに笑ってるだろう阿部くんを、振り返る。案の定、上から下まで真っ黒のスーツを着た阿部くんが困った顔して笑ってた。
10年前はこんな服を2人で着ることになるなんて思ってなかった。なんだか少しだけ妙な気分だった。


「俺が居なくなったら、阿部くんもお葬式に来てくれたりするのかな」


ぽつりと呟いて尋ねると、阿部くんは乾いた声でははって笑った。
どーだろうな、そーかもしれないな って続ける。
「香典包んで、寿司食って、多分おしまいなんだろうな。あーでも、ルームシェアとかしてたし、火葬場までは着いてかせてもらえるかもな。それもそれでヤな話だけど」


なぜだかものすごく泣き出したくなった。


     ■□■□■


10年は長くないのかもしれない。
もしそうだとしたら、俺は後どれくらい、自分のものみたいな顔して、阿部くんの名前を呼べるんだろうか。
10年が後何回くるんだろうか。
多分、1回もないんじゃないか。
だって、俺たちはもう25歳だぞ。
きっとそのうち、ルームシェアって言い訳だって、不審に思われてしまうようになるんだ。


ただ一緒にいるのって難しいな。
そこには、きっと約束がないから。


     ■□■□■


阿部くんの傍に寄って、黒いネクタイを乱暴に掴む。
そのいきなりの動作に、阿部くんは驚いたみたいで、へんな声をあげたけれど、無視をしてそのままぐいっと傍に引っ張った。


人と人が一緒に居続けるためにはきっと約束が必要なんだと思う。
どんなことがあっても、大丈夫だって約束。
10年先も愛してるよって約束。
もちろん20年先も30年先も、それはずっと変わらないよって約束。
ただ一緒にいるだけじゃ駄目なんだ。
友達じゃきっと、最後まで一緒に居ることなんて出来ないんだから。



「阿部くんは、俺のこと、好きなんでしょ」



10年前にそう言ったように、俺は小さく呟いた。
阿部くんはそれを聞いて、少しだけおかしな顔をした。
唇をぎゅって噛んで、怒っているようにも見える。
でも、そうじゃないのかな。
目が、いつもよりずっと優しい。

「そうだよ」
好きだけど、だから何 って言いながら、阿部くんがネクタイを掴んだ俺の手をスッと包む。
「何が言いたいの?」



ネクタイを握った手をぎゅっと強くする。
そのまま自分のほうに引き寄せて、ゆっくりと頬に唇を寄せた。
「友達の キスだね」
ゆっくりと身体を離して、そのままにっこりと微笑む。
阿部くんが困ったような顔をして、ああって答えた。
これも10年前と一緒だ。
こうやって、俺たちはゆっくり近づいた。
阿部くんが俺に譲歩して、俺が阿部くんに譲歩した。
阿部くんはそれにイライラしたりしたのかな。
そうなのかもしれないな。

そのままゆっくり背伸びをして、阿部くんの肩をぎゅっと掴む。
背が伸びた阿部くんと、そんなに伸びなかった俺とじゃ、結構差があって、俺は一生懸命背伸びをし続けた。
同じ速度で大人になって、今も同じ場所に立ってるのに、でも、ずっときっと一緒じゃなかったから。


俺の唇が阿部くんの唇にゆっくりと重なる。
ただそれだけの行為なのに、手を繋ぐより、抱きしめるよりずっと意味がある行為なんだって――。


「…お前、意味分かってやってるのか」
唇を離した瞬間阿部くんがそう小さく呟いた。
それに俺は小さく頷く。
分かってるよ、十分分かってるよ。
10年前より俺は賢くなったつもりだよ。
ねえ、阿部くん、だからね。
「分かる よ」



10年は長いんだろうか。
そうじゃないのかな。
俺には良く分かんないけど、でも、分かったこともあるんだよ。

「これはね、恋人のキスだよ」

囁くようにそう言って笑う。
10年の時間をかけてゆっくりゆっくり一歩づつ君に近づいたら、漸くここまでこれたんだよ。
だからね。



ずっとこれからも一緒に居るって約束をしてほしい。







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実は「いろは匂へど」の続きになってます。
2人が恋人のキスをするお話です。
分かりにくかったらごめんなさい。
別に単体でもいけるかなーと思いまして
いいかげん拍手を変えたかったので
あげてしまいました。


コメントを下さって神様には 日記でお返事させていただきます!
(`▽´)
拍手ありがとうございます。









ひとこといってやんよ(`w´)

あと1000文字。