ミミとシッポとウェディングベール





『俺って、本当に救いようの無い…、…バカ……。』
拓也はこの世のあらん限りの罵詈雑言を己自身に浴びせさせながら、ガックリとその身を地にひれ伏せた。
誰でもない。己が一番よく解っていたはずではないか。
木村輝一がどういう人間かと言うことは骨身に沁みて、出来ることならあのまま一生関る事無く生きて行きたいと、つい最近、輝二の十四回目の誕生日の折りで思い知ったばかりではないか。
それをコロリと忘れ、学習能力ゼロで条件反射的に輝一に泣付いてしまった己は本当に救い難い、たわけ者である。


「優勝確実! 部費二十%UPはサッカー部がもらった ―――――――― ァ!!」
輝一は声高に雄叫ぶと高笑いを周囲に響かせた。
そんな輝一の言葉を酷く遠くに聞きながら、拓也は壊れたように虚ろに嘲笑った。

〔毒を喰らわば皿までよ!〕

あの輝一相手に己ごときが太刀打ちできるはずが無い。ならば輝一が己の味方だと言うのならば、トコトン地獄の底まで付き合ってもらおうではないか!
この《姿》が神原家の末代までの恥となるのならば、己は喜んで神原の銘を捨てよう。神原家は弟・信也に継いでもらえば好いのだ。
親には悪いが輝二と恋愛関係で付き合っている以上、孫の顔は見せてはやれないのだから…。
己の人生、ここまで不幸ならば、これ以上不幸にならない位どん底の不幸に、己から飛込んでやる!
そうと腹を括ればこの世の中、怖いモノなど消えてなくなる。
「クソォ! 人生最大の最高の汚点を作ってやる! 
これ以上無いって言う程の恥を晒して生きてやる!! 
こんなモン! ナンボのもんだ ――――――――― ァ!!」
完全に壊れた拓也は自暴自棄になって叫んだ。
これは単なる衣装合わせ。本番は、学園祭はこれからであった ――――――― …。





コトの起こりは先々週の土曜日に遡る。
拓也が通う中学校で近隣のサッカー部数校を招いて練習試合を行い、輝一が通う学校のサッカー部も招かれた。
中学二年生ともなれば学校や部活や塾で何かと忙しく、輝一との付き合いは電話やメールのやり取りが主だったものだが、直接話せることをこれ幸いに、拓也は輝一に困り果てていることを相談に乗ってもらうついでに泣付いた。
泣付いた相談事とは、拓也はサッカー部の新主将となった。
主将となってまずやるべきこと。それは学園祭での来期の部費を賭けた『争奪戦』の立案と準備である。

拓也が通うこの学校には一風変った伝統があった。
それは生徒会主導で行われる学園祭で全校生徒投票の上で行われるMsコンテストの入賞順位で来期の部費の上乗せが決まると言うものであった。
コンテストに優勝すれば生徒会の一任で提示した部費に最高二十%の上乗せ金額が貰えるとあって、各部、情け無用、問答無用の苛烈で熾烈な戦いが繰広げられるのが常とされていた。
新主将となった拓也の重圧たるやかなりなもので、夜も眠れぬ程、悩んでいた。
涙ながらに輝一に相談すると、輝一は二つ返事で「任せろ!」と拓也の手を取った。
拓也は輝二を選んだ。だが、己が拓也を好きな気持ちには何ら変わり無い。その拓也の力になれるのならば、この世の総べてのモノを敵に回しても〔力〕になりたい!と思うだろう。
そしてその結果がコレ ―――――――― 、である。
輝一は趣味と実益を兼ねた、十四歳の誕生日を機に引退したはずのソレをもう一度、一日だけ復活することを決めたのだった。



「オオ ――――――――― ッ!」
地響きするような感嘆歓喜の声が校舎内に響き渡った。
部費集めの一環として、サッカー部は空き教室の一室を借受けて喫茶店を出店することになっていた。
喫茶店の客寄せ宣伝とコンテストのPRを兼ねてコンテストに出場する新主将の拓也と補佐役を買って出た輝一とオプションの輝二が校舎内を練歩き始めた。
ソレを見た瞬間、ざわめき行交う者達の視線が釘付けになり、我知らずと感歎の声を漏らしていた。
「ヴッ 」
覚悟していたとは言え、衆人環視の想像以上に強いそれに拓也は思わず俯き、二人の影に隠れるように歩いた。が、程無くして三人をもっと良く近くで見ようとする野次馬根性丸出しの人垣に取囲まれてしまったのだ。
「可愛い  コレ、どうなっているの?!」
「こっち向いて、こっち!」
カメラ付携帯電話やデジカメを構えてその《姿》を撮ろうとする者。
無遠慮に触れようとする者。
揉みくちゃにされそうになり輝二は思わずそれに向って怒鳴り付けようとした瞬間、輝一が止めた。
「輝二!」
不機嫌なオーラを撒き散らす輝二に輝一は釘を刺した。
本番はこれから。こんな所で印象を悪くして勝てるはずの勝負を負けたくは無いのだ。
「チッ! 解っている!」
本来ならばこんな拓也の《姿》など誰であろうが見せたくは無い。
しかし、この場合は致し方無い。己に口出しする権利は無いしこの場に居るだけでも輝一と拓也に感謝しなければならないのだ。
だから、他の輩に勿体無くもこの拓也の艶姿を見せてはやる。
だが、指一本、髪の毛の一筋、尻尾の毛すら触らせるものか! 
拓也に触れてよいのは己だけなのだ!
出来ることならこのままお持ち帰りしたい拓也のガードが出来るのならば、コスプレなどお安い御用だった。
「行くぞ!」
こんな奴等、相手にしていられるか!とばかりに輝二は拓也の腰に腕を回した瞬間、女の子達から黄色い奇声に近い歓声が上がった。
ウザイ!と輝二はポーカーフェイスを装いながらも内なる輝二は露骨に嫌な顔をすると強引にその人垣から脱出した。 
蒼銀の月の光に乱反射する真剣の刃の如くのストイックさを包み込むウエイター姿のコスプレ。
パリッと糊の利いた真っ白いカッターシャツに深紅の蝶ネクタイ。細い銀のサスペンダーに吊った黒のスラックス。
そして頭上にある白銀の少し大きな耳と毛並みの良さが分かる白銀の尻尾。
SPさながらの偏光グラスのサングラスは表情を読ませず、まさしく番犬の如くの『オオカミ』は輝二に打って付けであった。
〔眼の保養〕となる輝二が凶悪なまでに可愛い拓也の腰に腕を回した姿はボーイズラブかファンタジーワールドか。
女の子達が思わず萌えて声を上げてしまっても致し方あるまい。

「ごめんなさい。危ないからもう少し、離れて頂けます?!」
輝一は手慣れた様子で天使の微笑と謳われるそれを隠れ蓑にして見えない壁を作り、ギャラリー達がこれ以上近付けない様に辛辣に強烈に牽制する。
〔眼福〕とはこのことだろうか?! 
男の夢と妄想が現れたようなメイド姿のコスプレの輝一。
オーソドックスな地味なロングスカートのワンピースとレースたっぷりの純白のエプロンドレス。編上げのハーフブーツに深紅のチョーカー。
そしてスカートのお尻の部分に開いた穴から出て揺れている長い『トラ』の尻尾と頭上にある尖った耳。
清楚感と凛とした奥ゆかしさを醸し出す雰囲気はまさに{王道}であろう。
シャレにならないくらいに盛上がって萌えあがっているこの一種異様な雰囲気の中心にいる拓也は呆然としていた。

「拓也、笑顔を忘れちゃダメだからね。」
「う、うん…。」
茫然自失とこの場に雰囲気に呑まれてしまっている拓也に輝一が耳打ちすると拓也はぎこちなく頷いた。
膝上二十cmのミニスカートとレースをこれでもかと使った可愛いエプロンドレスと長袖のブラウス。太腿まであるロングソックスとピンヒールのショートブーツに深紅のチョーカー。
ミニスカートの後ろが捲り上がり、ペチコートの下から出ている『リス』の金茶の太い尻尾は先端でクルリと巻かれ、頭上の小さな耳はリボンの様だった。
メイド姿のコスプレの姿はこの世のありとあらゆる賛嘆と賛美と賛辞とを掻き集めてもまだ足りないくらい可愛らしく、天使が舞い降りたような可憐な姿は全ての視線を集め、虜にしていた。

コンパニオンガールさながらの笑顔を振り撒く輝一を先頭に校舎内を十分程練歩く頃には、この三人組の事は学校中に知れ渡り、その姿を一目見ようとサッカー部の喫茶店には長蛇の列が並んでいた。
余りの人気にサッカー部の部員達は不安と動揺を隠せなかったが花魁道中よろしく喫茶店を開く教室に戻って来た輝一はその者達を叱咤激励した。
その手馴れた様子に輝二と拓也は今更ながらに輝一の〈策士〉と謳われる手腕を感心した。
感心が無いことならば例え目の前で溺れている人間がいようとも平気で無視するくせに、一度感心や執着心を持ってしまうと《目的》の為になら労力と手間と時間を惜しまない。
自分をそしてソレに関る者達を平然と切売り出来る〈薄情〉さと〈計算高さ〉と〈辛辣〉さは一体どこから来るものだろうか ―――――――― ?と思ってしまう。
「念願のゴールネット張替えに向けて、ガンバリましょうォ!」
「オオ ―――――――― ッ!!」
目的意識をはっきりと再確認させ、シュプレヒコール挙げる。
盛上がるチームメイト達と輝一の姿を見詰めながら拓也は感慨深げに溜息を吐した。
輝一ともっと早くデジタルワールドで出逢っていたならば、きっと己達はケルビモンやルーチェモン達とあんなに苦労して戦うことは無かっただろう。
輝一がその気になりさえすればデジモン達を一糸乱れぬ程に纏め上げ、きっとデジモン達の手でデジタルワールドを守り抜いたに違いあるまい……、そう思えてならなかった。

テキパキと指示を与えながら最後に輝一は拓也と輝二に振返った。
「外に並んでいる人達は君達を見に来ているんだからくれぐれも笑顔は忘れずにね。だけど一々相手にしなくて良いから。
ケーキとジュースを運んだらさっさと次を運んでくれ。」
「お、おう。」
「では、これよりオープンします! くれぐれも事故には気を付けて、今日一日、頑張りましょう!」
輝一の声と共に文化祭開催を告げるチャイムが鳴響き、後に語り継がれる一日が始まった ―――――――― …。



まるで嵐のような三時間が過ぎ去った。
輝一の指揮の下、長蛇の列をなしていた行列も消え、さしたるトラブルも無く、追加による追加のジュースやケーキも無くなり、サッカー部の喫茶店は無事、閉店した。
「ヴ~  もう、動くの嫌だ~ぁ 」
拓也は疲労困憊でテーブルに突っ伏した。
「俺も、もう嫌だ…… 」
その隣のテーブルで輝二もぐったりとして座込んだ。
目の回る程の忙しさ、とはこのことだろう。本当にクルクルと机の間を際限無く往き来した為か三半規管がおかしくなっているのかクラクラ目眩がする。
「ご苦労様。コンテストまで少し時間があるからそれまで休んでいて良いよ。」
拓也と輝二同様に動き回り、更に指示まで与えていた輝一は疲れた様子一つ見せずに笑顔と共に二人に残していたジュースとケーキを差出した。
「俺、ちょっと打合せることがあるから時間になったら体育館の方に行ってくれるか?!」
「そ~言えばまだそれが残ってたんだ…… 」
メインデッィシュはこれからだと思うと泣きたくなる。
開き直って腹を括った為か衆人環視も慣れた。
眩暈がする程忙しかった喫茶店の売上げは当初の予定を遥かに越え、ゴールネットを取り換えるどころかボールすら新調できるだろう。
この分ではまず間違い無く、コンテストの優勝を狙えるはずだ。
そして新主将としての責務は無事、全う出来そうである。
「じゃぁ、輝二、拓也のこと頼むな。」
「ああ。」
そう言うと輝一は後片付けを残りの者達に任せ、何処かへ出掛けて行った。
「タフだね、あいつは…。」
素直に感心する。
あのバイタリティーはどこから来るものだろうか?
確かに輝一は拓也の為にこの全ての準備や手配を行った。
だが、座右の銘は
【この世の中 GIVE & TAKE
  止めはきっちり 刺しましょう 】
と平然とのたまう輝一である。拓也の為だけではなく、コンテスト優勝の副賞として出るCD/MDラジカセ欲しさに根性入れて頑張っているのもまた、事実だった。

取り敢えずはこの教室にいれば安全である。衆人環視に晒されることも無いし馴れ々れしく声を掛けられることも無い。コンテストが始まる時間までここにいて、ステージに上がったら笑顔を振り撒いて、優勝を手に入れたら、お役御免だ。
「もうちょっとの、辛抱だ……。」
拓也は己自身に言い聞かすように呟くと、エネルギー補充とばかりにケーキを食べ始めた。

輝二はそんな拓也を見詰めながら小さな溜息を吐した。
輝一は多分、これからのことを算段しにいったのだ。
一躍、時の人と化した拓也の《身》の安全を守る為に輝一は人智を尽くし、あらゆる手段を講じるだろう。
それこそ形振り構わずに ――――――――― 。
あの輝一が全精力を傾けて造り上げる拓也の守護網はどれ程の強固なモノを造り上げるか想像するに空恐ろしいものがあるか、、己の役目は今日の拓也の護衛である。
この眼が眩まんばかりに可愛い拓也に指一本触れさせてなるものか!
己とてボタン一つ外すどころかキスすらしていないのだ。
それをどこのどいつとも判らん輩に触れさせるなど、誰が許そうか!
嵐の前の静けさの如く、今は一時の安らぎの時間であった…。



二時からMsコンテストが行われる。
一時半になると人々が誘い込まれるように体育館へと向っていった。
コンテスト出場者は体育館の二階にある卓球場が控え室となっていた。
時間になり、拓也と輝二は控え室に向ったがそこに輝一の姿は無かった。
時間厳守の輝一が時間になっても現れないなど非常に珍しいことであった。
どうしたのだろうか?!と心配しているうちにコンテストが始まった。
大本命であるサッカー部の出場は一番最後。ステージに上がったら三分から五分程のパフォーマンスを見せなければならないので出場の時間まで五十分くらいは待たねばなるまい。そのうちに来るだろうと二人はのん気に構えていた。
超満員となった体育館で行われているMsコンテストは思いの他、盛り上がっていた。
いたって真面目に興じるパフォーマンスに笑いの渦が捲起こり、誰一人として席を立とうとしない。
「俺、トイレに行って来る。」
拓也はそれを見計らってそっとその場を抜け出した。
このメイド姿の『リス』のコスプレ姿では目立ち過ぎてトイレに行くことすら出来ない。輝一からも「トイレは女子トイレだからね。」などと言われてしまえば行きたくとも行けないが自然の欲求には敵わない。
この時とばかりに拓也は人目を気にしつつ、一人で体育館を抜出した。
一番近いトイレは体育館のトイレだがそこはいつ何時人が来るとは限らないので校舎へ向った。
人気の無いシンと静まり返った校舎。先程までの賑やかさはどこへ行ったのか…。
用を足してホッと一息吐いた拓也は手を洗いながら鏡に映った己の姿を見て情けなくて泣きたくなった。
きっと輝一が来たら「身嗜みは大切だよ 」とか言って化粧を直すのだろう。
『本当に…、俺の人生、ここまで不幸か ――――――― …。』
日頃の行いか前世の因縁か、本気で考え込みたくなる思考を無理矢理停止させるとどっぷり落込んだ溜息を吐出し、気を取り直して控え室に戻ることにした。
こんな所に何時までもいたら誰かがやって来てしまう。輝二や輝一が一緒ならばともかく、一人でこんな姿を見られたくは無い。
開き直って腹を括ったと言っても、羞恥心が消えた訳ではないのだ。

「 ――――――――― ッ?!」
トイレから出て直ぐに出会い頭に人と会ってしまった。
「ヒュゥ~ 」
「かっわいい 」
「運命の出会いじゃねェ?!」
年は己より少し年上の三人組。
頭の先から爪先まで無遠慮にジロジロと舐める様に見る視線の不快さに拓也はムッと無視してその横を通り過ぎようとしたが擦違い様に腕を掴まれた。
「放せよ!」
反射的にその腕を振り払った。
サッカー部の為に見られることは百歩譲って我慢しよう。だが、触れられるのは論外。そこまでやる義務もサービス精神の欠片も持ち合わせてはいなかった。
しかし拓也のその行為は地雷を踏んだのと同じであった。
現実離れしたその愛らしい《姿》とそれに似合わぬ勝気な強い光を宿す《双眸》。
そのアンバランスさに心の狂気を鷲掴みにし、理性のタガが外れた。
「なっ!」
まるで合図したように両腕を掴まれた。
「ちょ~っと俺達と付合ってよ。なぁ、子リスちゃん。」
舌舐めづりするような視線と口調に本能が警告音を鳴らしたてた。
「ざけんなァ!」
その腕を振り払おうとしたががっちりと掴まれて振り払えない。
歩くことには何ら支障は無いがピンヒールの為か踏ん張りが利かずに滑る廊下を引き摺られる。
「放せよ!」
静かな廊下に拓也の切羽詰った声が響いた。
よくあるネット小説でもあるまいし、こんな見ず知らずの奴らに好きなようにされるなんて冗談ではなかった。
何とかしないとマジでヤバイ!
身の危険を感じて拓也は逃出そうと必死になった。
「何やってんだ?」
不意に背後から地面を這いずる様な明確な殺意を含んだ低い声が静かな廊下に響いた。
「輝二!」
聞き覚えのある声に拓也は救いの神を見たような声を上げた。
「その汚い手、放せよ。」
前方から突然叩き付けられたとぐろを巻く殺気の強さに拓也の腕を掴む者達は反射的に手を放した。
「輝一!」
間一髪の所で助かったと拓也は安堵の表情を浮かべた。
まさしく〔前門の虎 後門の狼〕あろう。
拓也が戻って来ないので心配して探しに来た輝二と約束の時間を三十分以上も過ぎてしまった輝一が生徒会室から慌てて走ってくれば、眼に飛込んできたのは両腕を掴まれ、引き摺られている拓也の姿だった。
拓也を傷付けるモノは何人たりとも許しはしない!
この双子の共通した〔想い〕の深さと強さに拓也の色香に迷い惑わされた者達は心底後悔した。
が、後悔は先に立って歩いてはくれないのだ。
いっそ殺してくれた方がマシだと思うくらいの地獄の底の底でのたうつ惨劇の後、三人は何事も無かった様に踵を返した。
控え室に戻り、拓也の化粧を直していると「出番です。」と呼ばれた。
舞台袖に来た時に、拓也はふと思い出した。
「なぁ。俺達、出し物はなにやるんだ?」
この格好だけでりっぱな出し物だと思うのだが舞台に上がったら三分から五分のパフォーマンスをしなければならないのだ。
「それなら大丈夫。俺達、手品するから。」
「手品?」
「そう。必死になって練習したんだよな、輝二 」
「まあな。」
拓也は意外そうな顔をした。そんなことは聞いていなかったし輝二がそんなことをするとは思ってもみなかった。
一体何をするんだ?!と訊こうとした時、舞台に行くように促された。
三人が舞台に現れた瞬間、物凄い歓声が体育館内に溢れ返った。
観客達はこの三人の艶姿を観る為にここに来ていると言っても過言ではないのだ。
この盛り上がり方でこのコンテストの開催の意義は終了したのだが、主催者の生徒会としてはここで終了させるわけにはいかなかった。

満々な微笑を湛えながら舞台中央に立つとマイク片手に輝一がその盛大な歓声に応える。
その声すら掻き消されながらもコンテストの最後を飾るサッカー部のパフォーマンスが始まった。
輝二が前に進み出ると一礼をし、何の変哲も無い白い布を広げて見せるとお約束通りに女の子達の黄色い歓声が響いた。
深呼吸一つすると輝二は「On・Twe・Three!」とカウントを取ると白い布の中から一抱えある花束が現れた。
輝二は白い布を輝一に渡すとパステル色調の可愛らしい花々の花束を持って拓也の横に立ち、片膝を付いて、求愛をするかのようにその花束を拓也に差出した。
「 ―――――――― v」
まさかこんなマネをするとは夢にも思っていなかった拓也は唖然と立ち竦んだ。
もし、源輝二を識る者がこのシーンを見たならば、きっと瞠目してフリーズするに違いあるまい。
源 輝二は間違っても、頼まれてもこんなことをする男ではない!
唯一人、拓也に愛を告げること以外には ――――――― …。
「拓也……。」
甲高い悲鳴に掻き消されて輝二の声は聞こえない。だが、そう唇が動くと拓也はぎこちなくその花束を受取った。
その刹那、ガラスが割れんばかりの耳をつんざく嬌声にも似た歓喜の悲鳴が響き渡った。
その興奮が渦巻く最中、輝一が前に進み出た。
スカートの裾を持って一礼すると白い布を目の前に掲げた。
「On・Twe・Three!」と掛け声と共に白い布が宙に舞い、照明の光を煌かせながら輝一の手に戻ってきた。
手に戻ってきたそれは変哲の無い白い布ではなく、スパンコールやビーズを散りばめたレースのベールだった。
花束を受取り、照れ臭さに耳の裏まで真っ赤になって俯いている拓也の頭上にふわりとそれを被せると、体育館をビリビリと揺り動かすような狂喜乱舞する更なる喚声が沸き上がった。
「        ?」
己の《姿》が解っていない拓也は轟くその喚声の意味が判らずに首を傾げ、感喜のそれを一身に浴びていた。
「         」
それは後の世まで語り継がれることになった『リスの花嫁』であった。
花束を持ち、ベールを纏うその姿は花嫁そのものだった。
呆然と立ち竦む拓也をよそにこれ以上無いご満悦な微笑を湛えなら輝一輝二は再び一礼し、ようやく拓也の長い々い一日が、終わりを告げたのだった…。


後日談…。
文化祭が滞り無く終ってから数日後、輝二宛に荷物が届いた。
その送り主は拓也の学校の生徒会長であった。
何だろう       ?と思い、送られてきた物を見てみれば、それはジグソーパズルだった。
同封されていた手紙を読むと、
『歴史に銘を残す程に多大なる貢献をして頂いた、ほんの感謝の気持ちです。』とのことだった。
出来上がりのサイズはB1。
輝一が「これだけは絶対に販売させない!」と首を縦に振らなかった、裏販売プレミア価格、『万』を下らないだろう至極の写真の一枚を引伸ばし、ジグソーパズルにしてプレゼントしたのだ。
完成を楽しみに、昼夜を問わずにジグソーパズルを組立てる輝二の姿があったのは-⊶⊶⊶⊶、言うまでも無い。





お粗末さまでした



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