滅びればいいのにね(アカイイト 葛・桂) 2月14日のバレンタイン。 その日、羽藤桂は友人達が思わず心配してしまうぐらいに、朝から落ち着きがなかった。 鞄をいつも以上に大事に抱えて、始終そわそわしているその姿は、恋する乙女が好きな人にチョコを渡したい一念での挙動不審と。 この日だからこそ許され、そして誰もが思う。そんな微笑ましい光景。 だけど。 「ち、ちょっとはとちゃん? よく分かんないけどもう少し落ちつかないと転んじゃうよ?」 「そうですわ。今日の羽藤さんはいつも以上に注意力が散漫なようですから」 「う、うん……」 そわそわそわ。 「………」 「……あー」 全く落ち着く様子のない桂に、二人は揃って溜息をついて視線を合わせる。 こんな風に、頬を赤らめて落ちつかなげな桂の姿はそれは可愛いらしいのだが…… 親友であるのにその恋する相手を、僅かにも片鱗すら知らない二人としては、何だか少し面白くない。 それに、その事を訪ねてみても、桂はいつも苦笑いをして困った様に「ごめんね」と口を閉ざしてしまうのだ。 親友として傍にいる陽子と凛にしてみれば、そんな顔をされて聞きだすなんて出来るわけもなく…… (ねえ、これはやっぱり。私のはとちゃんにはやっぱり噂の本命さんがいて、それを渡したくてうずうずそわそわドキドキオロオロしているって、解釈でいいのかな?) (……そうですわね。朝から羽藤さんの様子を注意深く見ていたのですが、多分そういう事でしょうね) (ああ…私のはとちゃんに本命さんができるなんてぇ?!ど、何処の男子だ?!この前電話でいってたケイ君か?!) (どうでもいいですけど陽子さん。貴方まで挙動不審になられると、その間に挟まれてしまった私が不憫なので……って、あら?) (え?) 凛の意外そうな声に、陽子も頭をわしわしとしていた手を止め、そこを見る。 そこ、校門の前にその小さな人だかりはあった。 「あら、可愛らしい」 「本当だ。ちっこいなー」 凛と陽子が思わず口元を緩めてしまったもの。 それは、誰か人を待っているらしい小さな女の子の姿だった。 きっとお姉さんでも待っているのだろう。話しかけてくる年上の女子達に気後れすることなく、笑顔で応対している小学生ぐらいの女の子。 その可愛らしさに、頭を撫でたりチョコレートを差し出したりする女子達でちょっとしたハーレム状態になっていた。 礼儀正しく、それらのお菓子を断っているその女の子の姿に、二人は和みかけて、ふと、右端を歩いていた桂が歩みを止めていた事に気付いた。 「?」 「はとちゃん?」 二人は振り返る。 そして、次の瞬間意外そうに目を丸くする。 「…………………」 そう、あの温厚というか間の抜けているというか、いつもほやほやしている桂が、何だか面白くなさそうに、いや実際に面白くなさそうに、眉を寄せてむっとした顔をしているのだ。 「え?」 「あ、あの。羽藤さん?」 友人達ですらあまり見られない、その本当に怒ってますみたいな桂の表情に、お互い慌てて目を合わせて「私、何かしたっけ?!」と変な確認をしてしまう。 「……葛ちゃん」 ぽつり、と溢された桂のそれに、二人ははっとして、まさか?!と校門のほうを見る。 そこには、どうやら桂の様子に気付いたらしい女の子が、何だか「しまった?!」という顔で桂を見ていた。 そして、次の瞬間には自分の周りの女子生徒を避けてダダダ―――と走ってくる。 ぶわっと煙が巻かれる勢いだった。 「け、桂お姉さんっ?!」 「………………」 「い、いや、違う、違いますからね!? 私チョコとか受け取ってませんからね!」 「……………葛ちゃんの、馬鹿」 「はうあっ?!」 むすっとした顔(涙目)で俯く桂に、葛と呼ばれた女の子はそれはもうオロオロしている。 その様子に、帰宅途中の生徒達が何事かと注目している。 「………葛ちゃんってば、モテモテ」 「あ、いやあの。ほら、私ってば小さいからマスコット扱いみたいな…」 「………葛ちゃん、嬉しそうだったね」 「いや、ひ、否定はできませんが、だけど、そういう事ではなくて、何といいますか!?け、桂お姉さん〜」 小さい小学生ぐらいの女の子が、まるで彼女に浮気を疑われた彼氏みたいな慌てぶりと弁解だった。 あまりといえばあまりの光景に、陽子や凛にその他の生徒達もポカンとして見ている。 だけど当事者の二人はそれどころではないのか、周りの様子に気付いてすらいない。 「葛ちゃんの、浮気者ぉ」 「ち、違いますよ!私は桂お姉さん一筋の桂お姉さんがいなくては生きてすらいけない、そんな弱者なんですよ!そんな私が浮気なんてするわけないじゃないですか!」 「つ、葛ちゃん」 「ごめんなさい桂お姉さん!私はお姉さんを守ると口にしながら、不安にさせてしまいました……!だけど、信じて下さい!私には桂お姉さんだけです!」 「……っ。……う、うん!葛ちゃん!」 「桂お姉さん……!」 「私こそ、ごめんね。やきもちなんて焼いて……こんなんじゃ、葛ちゃんに嫌われちゃうね……」 「お姉さん……! いえ、少し驚いたけど、だけどそれ以上に、私は嬉しかったですよ」 「葛、ちゃん」 「桂お姉さん…」 涙を浮かべて微笑む桂に、こちらも同じく瞳に涙を浮かべて、嬉しそうに笑う葛。 いつの間にか、二人は手と手を取り合い、静かに、だけれど情熱的に見つめ合っていた。 「え?は、はとちゃん?な、何してるのあの子?」 「……えっと。私の目の錯覚でなければ、あの小学生らしき女の子と、手を取り合って熱く見つめ合ってますね」 唖然、としか形容できない顔で注目している陽子達とその他の生徒達。 「……あ、あのね。葛ちゃん」 「はい」 「こ、これ」 そして、そんな周りを全く意識していない。というか絶対に気付いてすらいない桂と葛。 桂は鞄を開けると、すぐに可愛らしい包みを取り出した。 「…あ」 それに、すぐに赤くなる葛。 鋭い彼女は、それだけでその包みの中身が分かったから。 「……バレンタインのチョコレート、です。……えっと、本命、です」 「け、桂お姉さん」 「……受け取って、くれますか?」 「っ!勿論です!」 「え?つづ、きゃあ?!」 可愛いらしい悲鳴をあげる桂を気にせずに、葛は受け取る。 チョコレートを、桂ごと一緒に。 「ちゃんと、全部受け取ります!」 「つ、葛ちゃん…」 「大事に、食べちゃいますね」 「う、うん……大事に、食べてもいいよ?」 「はい」 幸せそうに頬を赤らめて微笑みあう、桂と葛。 「…………お凛」 「…………ええ」 そして、ひゅるりらと二月の冷たい風に晒される二人。 「……はとちゃんの相手が、同性で小学生だった。うん。まあ、本当は許せないけど許すわ」 「……ええ。私も、問題はあると思いますけど、お二人のあまりに幸せそうな顔を見ると、何も言えませんものね」 「…だけどね」 「ええ」 陽子と凛は二人から視線を逸らして、そして同じく視線を逸らしている生徒達と同じ様に拳を握り締める。 「な、なんか凄い悔しいよ?!」 「ええ、分かります!」 「惚気られてる?!私達、全力で惚気られてるよお凛!」 「…許せませんわね」 熱々の桂と葛は、気付いていなかった。 そう、常識とか道徳とか関係なく、ロンリーな自分達の前で何だかバレンタインという素敵イベントに幸せ全開にバカップルする羨ましい、じゃなくて恨めしい奴らめ!という羨望と嫉妬の視線に囲まれているという事に。 「……はとちゃんは親友だけど、言わせて貰うわ!」 「どうぞ。止めはしません」 「バカップルなんて、滅びればいいのに!!」 陽子の魂の叫びに、この場で熱く頷かないものはいなかった。 あとがき また葛と桂!だって好きだし。 何といいますか、ツヅケイで素敵なssないかなぁとか思います。 この二人は色々気にしないバカップルになればいい! |
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