七夕




「史蓮さん、すこし外へ出てみませんか?」

すでに日は落ちて、辺りはすっかり夕闇に包まれている頃だろう。

薬草を調合する手を止めて声をかけてきた幽玄に、史蓮はお茶を卓に置きながら首をかしげた。

「外へ?」

「ええ。今日は七夕でしょう?一緒に星でも眺めませんか?」

にこりと微笑みながら、立ち上がる幽玄に史蓮はやっぱり首をかしげている。

「あの、先生・・・。七夕って何ですか?」

幼い頃から人を殺める術しか教えられなかった史蓮にとって、七夕という言葉は聞き覚えがなかった。

彼女の保護者役だった史寿から聞いた気もするが、それがどんなことすらわからないのだ。

「おや・・・。」

さすがに幽玄も彼女の言葉に僅かに目を瞠ったが、次には笑みを浮かべて史蓮に手を差し伸べた。

「なら、私が教えましょう。・・・子供たちにも先日話して聞かせましたし。」

楽しそうに幽玄は笑って、史蓮の手を取って戸口に向かう。

「それに、星空が今日はとてもきれいですよ。」

「本当?」

史蓮は幽玄に手を引かれながら、庵の外へ出た。

夕闇の中、家々の窓から洩れる明かりが地上の星のようにも見え、緩やかな風と日が落ちたせいもあってか、思ったほど暑くもない。

「とても星を見るのにいい場所を子供たちに教えてもらいまして。少し歩きますが良いですか?」

「はい。」

庵から少し離れた、小川の傍の草地に二人は腰を下ろした。

「史蓮さん、空を見上げてください。」

幽玄にいわれて、史蓮は夜空を見上げた。

「わぁ・・・」

紺碧の夜空にはたくさんの星が瞬き、その星空にひときわ美しく天の川がかかっていた。

こんなにたくさんの星を見たのは今日がはじめてだ。

天を見上げて感嘆の声を上げる史蓮に、幽玄はくすくす笑う。

「史蓮さん、どうですか?」

「すごいです、わたし、初めて見ました!」

ずっと天を見上げたまま、感激している史蓮に幽玄は優しい笑みを零す。

黒虎の暗殺者だったことが嘘のような、無邪気な喜び方に思わず笑みがこぼれてしまうのだ。

「では、史蓮さんに七夕のお話でもしましょうか。七夕は織女と牽牛が年に一度、この銀河を渡って会うことが出来る夜なので
すよ。」

「え?1年に1度しか会えないの?」

びっくりしたように幽玄に顔を向ける史蓮に、幽玄は笑んだままうなづき、続ける。

「天の川のほとりに住む、天帝の娘である織女は機織がとても上手な美しい娘でした。年頃になっても恋もせずに仕事に精を出
す娘を不憫に思った天帝は、天の川の西に住む働き者の牛飼いの青年・牽牛と結婚させることにしたのですが、夫婦となった
二人は幸せな生活にお互い仕事を忘れてしまうほど夢中になってしまいまして、天帝に『仕事を忘れて、戯れてばかりいては
一緒に住まわせるわけにはいかない』と二人を引き離してしまったんです。『心を入れ替えて仕事に励むのなら、年に一度だけ
逢う事を許そう』ということで、年に1度しか会うことが出来ないのですよ。」

幽玄の話に、史蓮は星空を見上げる。

「じゃあ、今夜は二人は会えたんですね。・・・きっと。」

史蓮につられるように、幽玄も夜空を見上げた。

「ええ。きっとそうですね。」

中天にはたくさんの星。

この星々に願いを託すとすれば・・・。

「・・・史蓮さん、来年もまた一緒に星を見ましょう。」

そっと、隣の星を見上げる史蓮に幽玄は囁いた。





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