もしもの話



秘密の神谷流の稽古は今も続いている。

ひとしきり汗をかいて木陰に寝転んで休んでいると、

ふいに沖田が口を開いた。



「もしもね、神谷さん。」

「また、『もしも』ですか?」

最近、沖田は『もしも』の話をよくする。



もしも、今日の夕餉に魚が出なかったら。

もしも、あのお店の饅頭が売り切れていたら。

そんな他愛のない話ばかりではあるのだけれど。



(もしも・・・、か)



じんわりと痛み出した手のひらを見る。

手のひらに出来たまめは、出来ては潰れの繰り返しで堅くなり、

女性らしさからは遠ざかっているだろうことを実感する。



(望んでここに居るんだから)



言い聞かせてはみるけれど、どうにも悲しく感じてしまう自分もいる。



矛盾しているな、と思う。



もしも、自分が正真正銘の男だったら?

もしも、あの時に沖田に出会っていなかったら?



もしも、もしも、もしも・・・。



考え出したら切りがない。



「もしも、もしもですよ。神谷さん。」

「はい。」



沖田の言葉を待つ。



「もしも、神谷さんが女子だったら・・・。」

「・・・だったら?」

心中を見透かされてしまったのだろうか。

突然の起きたの言葉にヒクリと喉が鳴った。



「こんな風に、稽古をしたりは出来ませんでしたよね。」

新しい発見が次々と、と楽しそうに神谷流の課題や提案を身振り手振りで訴えてくる。



返事のないセイに、沖田が声を掛ける。



「いえ、何でもないんです。」



セイが笑った。



もしも、出会っていなかったら?

もしも、男だったら?



そんなこと、考えても仕方がない。

自分は女であって、沖田に出会ったからココにいる。



自分の幸せは、今ココにある。



傍らに置いた木刀を掴み立ち上がる。

チリリと手のひらが痛んだけれど、その痛みすら自分には幸せに思える。



「沖田先生、もう一本お願いします!」



「おや、元気ですねぇ。」

容赦はしませんよ?



不敵に笑う沖田に、望むところと構えて見せた。



日差しの強くなり始めた陽気の中、木刀の交わる音が響き続けていた。







090505 空子



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