「ハァ…」
真夜中のテレビ。ドラマの再放送を見ながら、本日何度目かになる溜息をつく。溜息の原因は、今、テレビに映っている一組のカップル。夜のクラブでカウンターに座りながら、ブルーだのピンクだの鮮やかな色のカクテルを飲んでいる。そして、男が女のグラスに自分のグラスをわざとらしく音を立てながらあて、言った。
「君の瞳に乾杯」
瞬間、私は仕事が終わってすぐに寝なかった事を後悔した。
 私はこういうセリフが苦手…否。嫌いだ。
 こんなセリフ実際に言うのはよほどキザか莫迦だ、と私は思っている。私は溜息をついてテレビの電源を切ると同時にソファーに倒れこんだ。今日一日の疲れがどっと押し寄せてきた。
 しばらく何も考えずにいた。プルルル――…。意識が夢の向こうへ消える直前、私は現実に引き戻された。高らかに鳴る携帯の呼び出し音。
 渋々ナンバーディスプレイを見ると、そこには一文字、「森」。こいつの本名は森野耕太郎。初めて会った時、長いから苗字を取って森と呼ぶ事にした。高校からの付き合い。何を血迷ったのか2年の夏に森から告白してきた。最初は適当にあしらっていたのだが、その内それもめんどうになり、結局、付き合う事になり、今に至る。別に嫌いではない。むしろ好きな人間に入っていたりする。
 電話に出ると、やたら元気な声がした。
「もしもーし、夏元気ィ?今時間いい?」
「ダメだと言っても勝手に続けるのだろう?」
「まーそーだね」
電話の向こうでカラカラと笑う声が聞こえた。
「眠いから短めに頼む」
「あーうん、わかった。じゃあ言うよ?」
2、3回咳払いをした後、やつが言った言葉は、
「君の瞳に乾杯」
だった。私はフリーズしかけて、無言でいた。
「あれ?もしもーし、どうしたの?」
耳の中にやつののんきな声が響く。その声で私は我に返り、聞いた。
「いきなり何だ?」
「何って今ドラマで言っててさ、かっこいいなーと思って言ってみた!どう?」
…莫迦だ。莫迦がここにいた。
 私は思わず口にしたくなる。が、寸での所で止めた。それを言うと長くなる。しかし、同じ物を見ても随分感想が違うもんだ、等とボンヤリ考えていると、
「反応ナシ?」
と言ってきた。
「どう反応しろ、と?」
少し頭を抱えながら言うと、
「えー、例えばかっこいいとかさー」
そんな事を言ってきやがった。しかも少し拗ねた口調で。
「あーハイハイ、かっこよかったです」
私が感情を込めずに言ってやると、少し不満そうに間を空け、溜息混じりに、しょうがないか、と言った。私がそういう人間である事を知っているから諦めたようだ。
「もう切るぞ」
私がそういうと、あ、もう一つ、と言って続けた。
「明後日東京に帰れるんだけど、会える?」
そういう事は先に言え、と頭を抱えたくなりながらも私は答えた。
「朝から昼にかけて編集と打ち合わせ。夕方からなら大丈夫」
「相変わらず忙しそうだね」
「まあ、ね」
「じゃあその次の日は?」
「休み」
「じゃあ、泊まりで温泉でも行こうか」
私は少し考えて、こう答えた。
「そうだな。次の話の舞台も温泉だし、取材もできるしな」
この発言に森は、
「ダメ!仕事持ち込み禁止!夏は仕事になると何時間も部屋にこもっちゃうから気分転換になんない」
少し怒ったように言ってくれた。私が力無くハイハイ、と答えると、
「んじゃどこにしよっかー」
等と楽しそうに話し出した。
 どこでもいいからさっさと決めて眠らせて下さい。
 そう切実に願ったが、電話の向こうの元気な声は、しばらく止まりそうにない。





君の瞳に乾杯/ren





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