拍手御礼SS 「ゼロはスタイリスト?」 前編


「…朝比奈」
「なぁ~に?ゼロ」

四聖剣の朝比奈と、正体不明な仮面の指揮官ゼロが、ひょんとしたアクシデントがきっかけで恋仲になってひと月。
今日は特別な動きもなく、団員達も思い思いに久しぶりの休暇を楽しんでいる。
ゼロと朝比奈も二人きりで、初めてデートらしく外に出ようと約束していたのだが…・・・。

「お前…まさかその格好で行く気か?」
「うん。動き易いし♪」

「お待たせ!」と私室に現れた恋人の姿にゼロは目を剥いた。…朝比奈の出で立ちが、その、あまりにも個性的だったからである。
黒のタンクトップ…まぁ、それはまだいい。カーキ色のジーンズ。極めつけは頭の上で束ねられたバンダナ、そして背中にはリュック。

「動き易いって…お前は山登りでも行く気か!?」
「ううん、まさか!ゼロとデートでしょ♪」
「……」

分かっていて、それでいてこの格好なのか。ゼロの溜め息が零れ落ちる。
普段は私服を見る機会もなかったので、朝比奈のこのセンスには気づかなかった。
盲点だったその事実に触れて、ゼロの闘志に火がついた。

「予定変更だ!今から買い物に行くぞ!」
「え!?」
「取り合えずそのバンダナとリュックは外せ!出かけるぞ」
「ちょっと待って!」

何やら急に気合の入ったゼロに引き摺られるように、二人の初デートは始まったのだった。


「朝比奈、これはどうだ?」
直行したのはお洒落な店が立ち並ぶ通りだった。
物珍しそうにきょろきょろと辺りを見回す朝比奈を「目立つぞ」と窘めて、その中の一つの店へと脚を踏み入れた。
そして今。寄ってきた店員を適当にあしらって遠ざけると、先程からゼロの見立てた洋服が次々と渡されるのであった。

「え…と、ちょっとスリムすぎない?」
「何を言っている。折角、細身で筋肉質な良い身体をしているんだ。ラインを際出せても問題は無い」
「!!」

あまりにも自然と紡がれるので聞き流してしまいそうだったが、今の言葉はちょっとキた。
全てを曝け出し肌を重ねた夜のことを思い出してしまって朝比奈は誤魔化すように視線を逸らす。

(良い身体って、それって褒められてるのかな…。本人無意識だけど)

ゼロこそすごく綺麗な身体をしてるくせに。白い肌。細い肢体。
朝比奈の動きに合わせ、震えながら反り返る背中。
悔しそうに噛み締められた唇はやがて甘い吐息と共に綻んでゆき――。

「――――おい。聞いているのか?早く着替えて来い」

ぼんやりとゼロを見つめたままそんな淫猥な回想に浸っていた朝比奈の内心を知らず、ゼロはついに一式を選び終えたらしい。少し苛立ったような声に追い立てられるように試着室へと姿を消す。

「うわっ、これ…」

ルルーシュに押し付けられるようにして抱えていた洋服達をまじまじと見下ろす。見事なまでにいつもの自分の服装とはかけ離れていた。
黒のレザーパンツに白地に細かいストライプのシャツ、黒のネクタイ。足元は磨かれた革靴。

「…なんか俺じゃないみたい」

身に着けたものの、普段とのギャップに戸惑っていた。着こなせているか正直自信がない。
速攻でゼロに駄目出しされる気がした。

「…どうだ?」
「ん~一応は」
カーテンの外から聞こえるゼロの声に曖昧な返事し、二人を遮るカーテンを躊躇しながらも取り払う。
目の前に現れた恋人は目を丸く見開いていて。固まったように動かない。

「ゼロ?」

やっぱり期待外れだったのだろうか。不安げに視線を伏せる朝比奈に気づいてハッとしたようにゼロが唇を開く。

「あ、いや…、その、びっくりした。…予想以上だ」
「え?」
「よく、似合っている」

ボソッと告げられた言葉に思わず耳を疑う。
だが、ゼロの表情を見る限りでは聞き間違いではなさそうだ。
朝比奈から視線を逸らしたゼロのその頬は心なしか赤くなっている。
もしかして、まさか、…照れているのだろうか。

(うわッ、何これ!?すっごく可愛いんだけど!)

思わぬ反応に戸惑ったのは一瞬だった。
どうしよう。目の前のゼロが可愛すぎて、たまらない。

「――ゼロ!」
「ほわぁっ!」

突然、がばっと伸びてきた腕に攫われ、思わず間抜けな声を上げる。
だが、その声によって振り返った店内の視線の先には誰の姿もない。
皆不思議そうに首を傾げつつ各々の作業へと戻るのだった。

「どういうつもりだ」

声を潜め、原因となった人物を睨む。
お世辞にもけして広いとはいえない試着室の中に突如引きずり込まれたのだ。
男二人で何故こんな所に隠れなければならないのか。子供の遊びならともかく大の大人が。

「ん~と、ね。ゼロが可愛すぎて、つい」
「……は!?」

ただ服を見繕っていただけなのに、何故そうなるのか。朝比奈の言い分に呆れたように半目になる。
なのに、何故だろう。冷たい態度に反比例するかのように頬がどんどん熱くなってゆく。

「だ~か~ら、そういう所が可愛いんだって。クールに見えて、実は素直に反応しちゃうところ♪」
「…・・・」

次々と繰り出される甘い言葉に沈没してしまいそうだ。
恥ずかしさで顔を隠そうにも、朝比奈の腕がそれを許してくれない。
それどころか、さらに引き寄せるような動き。

(まさか――――)

「んっ、……ぁん、…ぅ」

標的を目指して素早く舞い降りた唇がゼロの言葉を奪った。
触れるだけだったそれが徐々に角度を変え、ゼロを侵食してゆく。

(信じられん。いくらカーテンに閉ざされているとはいえ、人前で――)

服を選びにきたはずなのに、何故こんなことに。心の内でそう叫べど答えは無い。
ただ一つわかるのは、箍の外れたオオカミが目の前に居る。それだけで。

「…せっかく選んでくれた服、すぐに脱いじゃったら、怒る?」
「んぅ!?」

甘えるように囁いた後、再び侵略を始めた唇に出口を塞がれて、ゼロの悲鳴がくぐもって消える。

(~~~朝比奈の馬鹿野郎!!)

誤算は、朝比奈省吾本人。初めてのデートはゼロの想定の範囲を遥かに超え、危険とスリルに満ちてゆくのであった。



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