もう2度と貴方の前に現れることなど無いと思っていた。私は死人なのだから。今のわたしはただの幻…少なくとも、貴方にとっては。たとえ永く溟い夜に気が狂いそうになっても、想い出の函を開くことなど無いと思っていた。貴方の横顔を垣間みるまでは。
ゆっくりと近付く。気配を殺す様な面倒臭い真似はしない。あなたは気付いているのだから。
しなやかな背中を愛撫する代わりに、冷たい銃口を突き付けた。

「女には手を上げない主義なんだ」

懐かしい声が言う。そうしなければ指先が、唇が震えそうになるから余計に力を込めた。
捩じ上げられた腕をそのままに蹴りあげる。仰け反った躯を戻すより疾く、黒光りする銃をこの手に取り戻すより疾く、ナイフが喉元に突き付けられていた。…鈍く月光を反射している刃先は、あなたの6年分の想い…いいえ、わたしの想い。躯の芯から甘く得体の知れない快感が這い上がって来る。
「…エイダ…」
けれど、サングラスを外したわたしを貴方は幾分哀し気に見返した。訝し気に細められた瞳の奥で、ゆらゆらとわたしが揺れている。憂鬱そうにわたしを見据えたまま歩き回る姿が、檻に入れられた狼の様でわたしを苛立たせた。
…仕方の無いひとね、レオン。そうやって、何時まで蹲っているつもり?疵を舐めて欲しい訳ではないでしょうに。
訥々と話しかけながら、貴方がわたしを推し量ろうとしていた。……応える気も起きない。貴方にはもう分かっている筈。わたしが何を求めているのか。
ちらりと床のサングラスに眼をやる。感傷に流されている時間はもうあまり無い。……今更想い出の中に還れる筈も、無い。


閃光。


身を翻して別れを告げる。言葉など要らない。わたしの背中に刺さる、貴方の視線ー…さあ、立ち上がって、わたしの金狼。その牙を剥いて、わたしを愉しませて。急がなくちゃ、お姫様が呼んでいるわ。
バルコニーを飛び越えて、夜の帳の中へ駆け込む。




愛しているわ、レオン。…多分、ね。




Pillow talk



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