Cherry Clover
title/Cherry Clover
死にかけたクーラーがガタガタと冷風を送り出す音が、アパートの前を通る車の音を丁度良くかき消してくれる暗い室内。
自己嫌悪の末なにも見たくなくなりカーテンを引いて外の光をさえぎったが、夏の日差しは強烈だ。
抵抗を踏みつけて乗り越え、しぶとく太陽の光を差し込む。
特に真昼ともなればその熱さは最高潮で、ひどく不快だ。
最後の抵抗といわんばかりに、窓へ背を向て、抱え込んだ膝に顔をうずめ強制的に視界を闇に染める。それは少しだけ、心を落ち着かせてくれた。
伏せて見えなくなったはずの目。けれど瞼の裏にはくっきりと残っている。
ジャラジャラとぶら下げるのが嫌で何も付けていなかったのに、気付くと不細工なマスコットが吊り下げられていた赤い携帯電話。
設定をいじるのも面倒で放置していたら、同じ人間にあちこち手を加えられていた、やつ曰く、現代人必須の筐体。
おそらく二度と鳴ることはない役立たずの携帯電話をそっとうかがう。
自分の好きな曲だ、と言って勝手に設定された曲。実は自分も好きだと、どうしてあの時言えなかったのか。
一緒にいて、楽しくて、でも怒らせてしまって。きっと素直に同じものが好きだとは言えない。そんな日は永遠に来ない。
投げつけたくなって、けれどどうしても出来ない。ただうずくまって生気のない瞳で見るだけに終わる。なんて臆病なんだろう。
考えてみればこのちっぽけな筐体が自分たちを繋ぐ唯一のモノで。
それに気付いてしまったら、唐突にその筐体がもたらす影響が怖くなってしまう。
こんなはずじゃなかった。こんなちっぽけな物にすがらなければ生きていけない人間ではなかった。
以前の自分は、いつだってこんなもの海に投げ捨てられる自信があったのに。
今は絶対に、出来ない。
出来ない自分は何が変わったのか。変わったことは確かにある。望んでいたかどうかは別として。けれど変わったというのなら、どうして素直な方に変わることが出来ないのだろう。
不毛なことを続けるのが嫌になって再び顔をうずめた。
――歩き出せクローバー――
「――!」
信じられない思いで上げた瞳に、光を放つ赤い筐体が映りこむ。
暗く閉じた部屋から外へ誘い出すような歌声が、途切れることなく響いていた。
(携帯が大切なんじゃない、ただアイツが必要なだけ)
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