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紫煙をくゆらせながら、真っ白な原稿を見ている。
彼は、裏の世界では有名な娯楽小説家であった。
娯楽……つまり、官能小説というジャンルにおいて彼の右に出る者はいないとまで言われている。
が、それは彼にとって喜ばしくないことであった。
官能小説は生活費を稼ぐための手段だったはずなのに一回これで名前が売れてしまうと他のジャンルに移りにくい。
ペンネームを変えればいいのかもしれないがそれにしたって、彼は売れすぎていた。
そのようなシーンだけが目的はなくちゃんとした「小説」が書きたいがために女性の心理や相手の男の心理にまでつっこんで書けば、
「先生、この台詞やシーンは不要です。早く二人が絡み合うシーンを書いてください」
といわれる始末。

いまどき古風に手書き主義だが、彼は一向に生まれない話から逃げるように立ち上がった。
散歩に出ることにした。


公園のベンチでまどろんでいたら少女が近くまで寄ってきた。
「おじさん、ニート?」
こんな小さな子までニートという言葉が定着しているのかと苦笑しながら彼は「ああ」と答えた。
「ダメだよ、もっとがんばらないと」
「そうだな。それより早くあっちに行きなさい。おじさんが怪しまれるからね」
「わかった」
わかった、と言いながら動かない少女。少女が口を開いた。

「おじさん、うちのお父さんクビになったの。いい仕事あったら紹介してね」
「・・・・・・」

立ち去る少女。
彼はなんとも言えない感情になってしまった。もっとがんばらないと。
帰ってから少女のお父さんががんばれるような、尊い話を書きたい。

そういう衝動に駆られた。


おわり。



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