◇◇ ある日の塚リョ・朝 ◇◇ (テニプリ3) 早朝であるにも関わらず、学校に向かうリョーマの足取りは軽快だった。 こんなにスッキリしているのも、珍しい。 鼻歌でも出てきそうな程、リョーマは機嫌がいい。 寝起きから意識がハッキリしているのは、とても気持ちがいい。 (毎朝、部長が起こしてくれたらいいのにな) 夢で起こされただけで、こんなにも気分が良いのだから、 現実に起こされたら、どれだけ幸せだろうと考える。 (あ、でも…現実じゃ、あんなに優しく起こしてはくれないよな…) 『グラウンド20周!』 部活で言い放つ口調そのままで、 『起きろ!越前!』 そう起こされるのが、声付きで想像出来てしまって、リョーマは項垂れる。 それを聞いたら、きっと飛び起きてしまうだろうことも、簡単に想像がつく。 (それでも…きっと嬉しい) 叩き起こされるだけでも、きっと喜んでしまうだろう自分に苦笑する。 (あーあ、終わっちゃってるよ、俺) そんなことを考えながら歩いていると、誰かにぶつかってしまった。 「あっ」 いつもよりも早くに目覚めた手塚だが、常より早起きの手塚には苦に感じることはなかった。 起きたのが早かったせいで登校も常より早いが、気分はとても良かった。 夢の中のリョーマの声が、今も耳に残っている。 (あいつが、あんな甘えたような声で話すなんてことは有り得ないんだがな) 解っていても、あの夢はやはり嬉しかった。 (…起こしてやることが出来れば……) 起こして貰う事は果てしなく不可能に近いが、自分が起こすことは出来る。 自宅は無理でも、合宿等では可能性がある。 (出来る事なら、隣で目覚めて起こしてやりたい) そんなことを考えてハッとする。 (何を考えているんだ、俺は) 頭を振って邪な考えを追い出そうとするが、一度浮かんでしまった妄想は中々消えてはくれない。 手塚も健康な男子中学生だったようだ。 不意に足を止めたその時、誰かが手塚にぶつかった。 「あっ」 振り向いて咄嗟に身体を支えると、それはたった今、妄想していた相手。 「え、越前」 「え?あ、部長」 名を呼ばれて顔を上げると、そこには手塚がいて、リョーマを支えていた。 「すみません、部長。よそ見してて」 「いや、俺も急に立ち止まったからな」 言って、リョーマを離す。 互いに思っていた相手に遭遇して、どこか気まずい空気が流れる。 「…随分早いな」 そんな中、先に話しかけたのは手塚。 「今日はスッキリ目が覚めたんで、たまには早めに来て準備でもしようかと思ったんす」 「それは、良い心がけだ。いつもそうだといいんだがな」 言って、苦笑する。 「…部長より早く来るつもりだったんすよ。ちょっと残念」 自分勝手に立てたご褒美計画が崩れて、少し拗ねたようにリョーマ言う。 それを見て、手塚の顔に少しだけ笑みが浮かぶ。 (笑った) 「それは、残念だったな。今日は俺も早くに目が覚めたから、いつもより早く登校したんだ」 「そっすか」 (チェッ、ついてないの) 「こんなに早くなくてもいいが、毎日準備には間に合うように来い」 「…努力はするっす」 「ちゃんと来れば、少しでも長く一緒にいられるからな」 「え?」 サラリと言われた事に、リョーマが手塚を見上げる。 (聞き違い?) 「い、いや」 思いがけず口から出た言葉に、手塚が少し慌てる。 「ほ、ほら、気持ちが変わらないうちに準備するぞ」 言って、リョーマの背を軽く押して促す。 「うぃーっす」 間延びした返事をして、首を捻る。 (…準備する?) 準備しろ、ではなく、準備する。 それでは、まるで… 言葉の意味を考えようとしたが、手塚の背中が遠ざかるのを見て、慌てて追いかけた。 「…あれ、にゃに?」 部室に向かおうとしていた菊丸は、コートの異様な光景にフェンス側にいた不二に声をかけた。 「僕が来た時には、もう、ああだったよ」 そう答える不二の横には、レギュラー陣が勢ぞろいしていた。 彼らの視線の先には、何かに気を取られながらノロノロと準備をする一年生と、 その一年生の奥のコートで一見黙々と、だが、どこか楽しそうに準備をする、 部長とルーキーの姿があった。 「な、なんか、パステルカラーのお花が飛んでるにゃ…」 言いながら、菊丸がブルブルと体を震わせる。 寒冷前線が停滞したかのように凍りつくコート内で、二人の周りだけが小春日和だった。 この日以降、珍しくリョーマが早く来た日は同じような光景が繰り広げられる事になり、 全部員同意の元、リョーマは朝連の準備を免除されたらしい。 ********** 拍手をありがとうございます! とっても励みになります。 |
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