−フェイタン夢−
小さな足音とノックの音がしんと静まり返ったアジトの地下で響く。
読みふけっていた本を閉じ、時計へ目を向けるととうに牛の刻を過ぎていた。
こんな夜中に部屋を訪れる者など珍しい。
「フェイタン寝てた?」
「いや大丈夫よ。どうしたか?」
申し訳なさそうにドアの隙間から様子を伺う彼女がついつい愛しくて、
フェイタンは手招きをして側座るように誘う。
腰掛けた彼女にふと目をやると、僅かに瞳が赤らんで居るのが分かった。
恐らく泣いていたのだろう。
部屋の中、たった一人で。
「何かあたか?」
「……夢を見たの。とても怖かった」
「夢? どんな夢か?」
そうフェイタンが口にすると、彼女は涙ぐんだ瞳で向き直る。
その身体はほんの少し何かに怯えるように震えていた。
「フェイタンが居なくなっちゃう夢を見たの。私の目の前から消えて、
手の届かないところへ行ってしまう夢……」
そう堪えるように呟く彼女をフェイタンは無意識のうちに抱きしめていた。
自分の側から離れていかないように、ぎゅっと。
「……そんなのあるわけないよ。私は死なないね」
「うん、フェイタンは強い。だからこそ私は怖いの。
いつか私から離れてしまいそう」
「お前は暇ね。そんなことばかり考えてるか」
その言葉につい彼女が押し黙る。
きっと自分と同じなのだろう。
今が幸せであるからこそ、これが永遠であるようにと祈り、
そう考えるときには既に永遠などないことに気付いている。
人はおかしな生き物だ。
自然の摂理を理解しながらもそれを否定したがる。
全く、恋とは面倒な感情だ。
「こうやて泣いてる内は、ワタシ安心して逝けないよ。もう暫くお前と一緒ね」
こくりと言葉なく頷いた彼女の身体を少し強い力で抱きしめた後、
その涙を拭うように唇を落とした。
こんなに他人を愛しく思うなんて。
こんなに他人と離れることを恐れるなんて。
けれどそんな感情を含めて願おう。
神の居ないこの世界の真ん中で、
この幸せが永遠であるように、と。
*拍手お礼画面は現在2種類です。
2009/03/25 up