【手】
さきほどからちらちらと気になる視線、だがあえてそれを無視し続けて作業を進めていた。 おそらくこちらが故意に無視していると判っているのだろう視線の主はとうとう口を開いた。 「…あの、先輩…少しお休みになった方が…」 呼びかけにも応じなかったのでより自信を失くした声が耳に入る。が、それも無視をした。 特に悪い事をしているわけではない、ただ、少々休まず委員会の予算を組んでいるだけだ。 今は一つ下の後輩と二人で図書室にいる、彼よりも年少の後輩はもう寮へ帰してしまった。 視線を硯へ寄せた筆へ泳がせると急にふらりと世界が踊りだしたような気がした。 「っ!先輩!」 後輩の彼が慌てて背中を支えたおかげで後ろへ倒れる事はなかった。耳元のすぐ近くでほうと息を吐く音が聞こえた。 「やっぱり、少し休んでください…」 「……」 ただ一つ望むものがすぐ目の前にある、それは手をすぅとこちらの頭上へ寄せ前髪を分けると額へと触れてきた。 ひやりと気持ちいい手のひらの感触に一瞬だけゆるやかに目を細める。 しばらくそうしていたが意識がそのまま沈みそうだと気付き、息を吐いて彼から離れ再び座りなおした。 「…すこし、楽になった」 頭が冴えるのが自分でもわかる、それを真実と思ってくれたのか綻ぶような笑顔を見せた。 そう言えば彼はいつもそうして笑顔を向けてくれた。 自分が無表情であるがゆえに敬遠されていると言うのは自覚している、そうであるにも関わらず彼は彼なりに距離を少しでも縮めようとしてくれていたのかもしれない。 そう気付くと自然と手が彼の頬へと触れた。あの時より思っていたほど柔らかくは無く、落胆したもののすぐに赤子ではあるまいし、そう柔らかくもないはずだと思い直す。 「先輩?」 頭を撫でる事はよくあるがこうして触れる事は滅多にないので照れたのだろう、手の内にある頬がだんだんと温かくなってきたのに気付く。 どうしたら手に入るだろうかと欲していた。 それがもうこれほどまで近い所にあるのにたった今、気がついて、そのまま彼の体をこちらへ引き寄せた。 「っわ!先輩…!?」 懐に収まるのを確かめてようやく安堵すると、自然と口角が上がった。 (…ようやく近づけた…) 瞼を閉じ、もうこの距離が離れる事のないよう祈った。 ◆◇◆ 拍手ありがとうございました!お礼になるかもわかりませんが小話、楽しんでいただけたでしょうか…?? これまでの連作の続き…です。結局ほのぼのでオチました。 |
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