ウェブ拍手押してくれてありがとうございます。 お礼文は忍足侑士と幽霊シリーズで。 【忍足侑士と幽霊とのある昼休み】 昼休みのサロンはほどよく騒がしい。 忍足侑士はブックカバーの付いた文庫本サイズの恋愛小説を読んでいた。彼と魂の半分を共有する幽霊曰く、 ブックカバーは日本独自のものであるらしい。 『ユーシ。滝君が呼んでます』 「滝?」 「ようやく気がついた」 幽霊が話しかけてくる。今は話しかけるべきではないと喋らなかったのだろうが、忍足を呼ぶために声を出した。 忍足が顔を上げると、側に滝萩之介が立っていた。フランス文学の詩集を持っている。 滝と忍足は同じテニス部に所属している。 「すまん。読みふけっとったんや」 「今日はミーティングがあるから、伝えたから遅れないようにね」 「速めに行くで。その本、詩集やな」 『Le jeu de l'amour et de la mort、ロマン・ロランですね。日本語訳をすると愛と死との戯れ』 ミーティングは正レギュラーだけのものだ。場所は言っていないが部室でやるのだろう。表紙には筆記体で文字が 書かれていた。原書であるようだ。幽霊が流暢な発音で読み上げる。 「愛と死との戯れか。恋愛小説か」 「これを愛と死との戯れってすぐに読めるなんて、忍足、凄いじゃないか」 「たまたまやで」 笑う忍足だが教えたのは幽霊だ。幽霊は知識を教えてくれるが、自分が身につけているものではないし、 たまにぼろが出そうになる。付け足すように説明が聞こえた。 『ロマン・ロランの傑作ですね。真理への愛のみが、我々を決して裏切ることのない唯一の愛だ。 ……とか、書かれています。好き嫌い別れますが』 (堅苦しいこと言うとる人やな。ロマン・ロラン。かっこええこと言うとるが) 幽霊と忍足の会話はすぐに終わる。脳内で会話をしているようなものだからだ。この時のやりとりは高速である。 「忍足も訳でいいから読んでみれば? 恋愛も出てくるよ」 「次に読んでみるわ」 「最近は忍足も恋愛小説以外を読んでるからさ。跡部とか感心してた」 「……俺、イコール恋愛小説か」 『僕が読みたい本を読む以外は恋愛小説ばかりじゃないですか』 恋愛小説以外も読むことには読むのだ。恋愛小説の比率が強いだけで。 幽霊が読みたい本を忍足が読んで幽霊に届けることもあるが、それ以外でも本は読む。 滝が本を持ち、サロンを去った。 文庫本を読む気にはなれず、サロンで同級生らしい少女が歩いていくのを一瞬眺める。綺麗な脚をしていた。 (足、綺麗やな) 『君の好みが足の綺麗な子というのは知っています。しかし度が過ぎると吉良吉影みたくなってしまいますよ。 ――もうなってますか』 「なっとらんわー!?」 叫んでしまった忍足は周囲の注目を浴びた。 忍足は硬直してから、愛想笑いで誤魔化しつつ文庫本を持ち速攻でサロンを出た。サロンから離れてから、忍足は階段を下りる。 部室へと向かう。 幽霊が言う吉良吉影と言うのは漫画、ジョジョの奇妙な冒険に出てくるキャラクターだ。第四部のボスである。 普段は平凡なサラリーマンを演じているが裏では女性の手が大好きであり、好みの女性の手を見つけてはその女性を スタンド……超能力が可視化したもの……能力で爆死させていき手だけを手に入れ、愛で、腐ってきたら捨てて 新しい手を持って行くという男だ。 『冗談だったのに』 (お前の冗談は分かりづらい!! ……お前もある意味吉良に似とらんか? 幽霊生活エンジョイしとるところ) 幽霊は声が穏やかばかりで感情が平坦だ。昼休みが終わるまでまだ時間があるが忍足は教室に戻ることにする。 次の授業は数学だ。 『エンジョイはしているような、していないような』 吉良吉影は最後は主人公に倒されて救急車に轢かれてから最初に殺した相手の幽霊の罠に落ちて、自分の名前だけしか、 憶えていない状態になりこれで制約ばかりの幽霊生活を送っている。忍足はこの話の短編は読んだ。 (生前のお前ってまさか吉良吉影みたいなことはしとらんかったよな) 『快楽殺人はしていませんよ』 幽霊は自分のことは余り教えてくれない。忍足が知っているのは成人はしていると言うことだけだ。 (吉良の植物のような平穏な生活は共感は出来るけど) 『君の周りは騒がしいですからね。ほら』 忍足が意識を廊下に向けると、来たのは向日岳人、宍戸亮、芥川慈郎だ。 「侑士。お前、唐突に叫びだしたってマジか!?」 「どうしたんだ。お前!! 一人ツッコミしてたらしいじゃねえか」 「凄い声だして驚いて目が覚めたC」 サロンにはジローも居たことを忍足は思い出す。サロンはそれなりに静かだからだとジローは昼寝スポットの一つにしているのだ。 叫びだしたことについて問われているが、幽霊が取り憑いているとか説明したらややこしいことになってしまう。 「……思い出しツッコミしてもうたんや」 「どんなツッコミだよ!!」 忍足の解答に宍戸がツッコミを入れる。ここから忍足が上手く切り返せるかによってこれからの忍足の評価がある意味、 決まってしまう。幽霊の笑い声が聞こえた気がして、忍足は後で憶えていろ、と心中で吐き捨てた。 白い世界に幽霊はベンチに座っていた。 僧衣を着た黒髪のショートカットに紫色の瞳の青年は、忍足の様子を見て笑いながらも、外を見ることを止めて、 笑いを消し、傍らに置いてある聖書を広げる。 「……殺人をしても快楽などは感じず、ただ”殺した”だけでしたよ。吉良吉影よりも人間は殺しましたけどね。 昔のことを客観的に、見るならばそうなります」 忍足には聞こえないように言いながら幽霊は聖書を読み出した。 【Fin】 |
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