苦手なひと
 
「わあ、なんて見事な瓜」

思わず声をあげてしまう。

「そうでしょう?大和国から送られてきたんです」

「これってお漬物にするんですか?」

「いいえ。これはね、甘味と汁気が充分あるのでこのまま召し上がっていただくのです」

「そうなんですか」

どんなに美味しいことだろう。

暑くなってきたし井戸から汲みたての水で冷やしたこの瓜は随分口がすっきりするに違いない。

「でもこんなにたくさん」

そういうと先輩女房の上総さんは誇らしげに少し胸をそらした。

「そりゃあね。なんといってもこちらのお殿様は左大臣さまのご信任厚い御方。こうして献上をして少しでもお近づきになりたい者が多いんです」

「でもどうするんですか?このたくさんの瓜」

「もちろんこのお邸だけで頂くわけではないんです。別邸にも送るし、左大臣家や宮中の姫君様方や婿君様のお邸、他の縁の方々へもお配りするんですよ」

「そうなんですか」

「あ、その籠には特別見事な出来のものを選り分けるよう貞水殿の仰せです。それを貴女にお願いしようかしら」

「はい、お任せ下さい」

貞水殿というのはこの邸を取り仕切っている家司なんだけど、すごく頭のいい人なんだって。

わたしはこの邸に上がった時にご挨拶したんだけど、注意事項をいっぱいいっぱい覚えきれないほど並べ立てられて混乱してしまった。
私が緊張と混乱で目を回しそうになっているのに気付くと、すっごく困ったような呆れたような顔をされてしまった。

それ以来ちょっと煙たいというか苦手な人になってしまった。
周りの女房さんたちの話を聞いていても、頼りにされているのは事実なんだけど、小言も多いというのでやっぱり少し敬遠されているみたい。
それを聞いて余計に緊張する。

その貞水殿の御用かぁ…。
あとでお小言をくらわないように慎重に瓜を選ぶ。
大きさも揃えないといけないし、熟れ過ぎはすぐに傷んでしまいそう。かといって若いものは美味しくないだろうし。
傷がないかもよく吟味しなくっちゃ。
たくさんある中から二つの籠に選り抜きの瓜を置いていく。

「わたくしは姫君さまにお届けする菓子や絹を揃えてきます。後を頼みますね」

上総さんが「ああ、忙しい」と行ってしまうと一人きりになった。

とりあえず言いつけ通り黙々と瓜を選っていると簀の子縁を歩く足音が近づいてきた。

はやっ。

上総さん、もう戻ってきたの?と思って顔をあげたら見慣れた小袿姿ではなく藍色の水干が目に入った。

姫君さまが留守とはいえこのお邸をお咎めなく我が物顔に歩き回れるのは家司である貞水殿しかいない。
雑色や武士は庭を通るのが常だし、家人たちも幾人もいたが姫君の対屋では遠慮がちだ。

わ、案の定貞水殿だ。

慌てて手を止めてお辞儀をした私をちらりと見ると貞水殿は

「和香か。おまえだけか。他のものは如何した?」

と言った。

「上総さんは姫君さまへお届けする荷を揃えに」

なるべく慎ましく目を合わさないように答えた。
だってお小言喰らうのはいやだもん。

「そうか。ではこれも荷の中に入れてもらおうか」

そう言うと貞水どのは懐から青色の小さな壺を出した。

「…綺麗」
思わず呟いてしまったくらいそれは綺麗な壺だった。

「それは瑠璃ですか」

「ああ。と言っても瑠璃石ではない。それ以上に貴重なものだがな」

凄い初めてみた。

瑠璃石と呼ばれるものよりなんだか透き通った瑠璃色でそれは輝いて見えた。

とても小さな壺だけど中身はなんだろう。

中身を聞いたりしたら余計なことだって叱られるだろうか?

「あのう…」

「…中身が何か聞きたいのか」

「へ?なんで…」

「お前の顔に書いてある」

「え、え」

思わず顔を撫でる。

「ふっ」

一瞬、ほんの一瞬貞水殿が笑った!と、思うたぶん。
すぐにいつもの取り澄ました顔になったんだけど。

「おまえ先日陵王の面に驚いて粗忽にも取り落したそうだな」

ち、違います!
驚いたのは本当だけど、落としたのはお面が仕舞われていた箱の蓋で…。

「あの、あの、お面は落としてません…」
小さく答える。

嫌だ…私の粗相が貞水殿の耳にまで達しているってことはお邸中で噂されたってことよね?
は、恥ずかしい!

かあーっと頬に熱が集まる。

「うう…」

「おまえも懲りただろう。余計な詮索は女房勤めには不必要。これからは心するがいい」

「…はい」

あーあ。やっぱり叱られた。
はあ、きっと私、今日は厄日だ。

すっかり気落ちしていると、少し困った顔をした貞水殿がぶっきらぼうに言った。

「…おまえ甘いものは好きか」

好きに決まってる。
でもなんでそんなことを聞かれているかわからない。
仕方なく首を何度か縦に振る。

「そうか。これはやるわけにはいかぬが…覚えておこう」

へ?覚えておくってなんで?

というか、壺の中身がなにか結局教えてもらえないのね。

やっぱり聞かなきゃよかった。

叱られ損ってやつだ。

ついてない。

やっぱりこの人苦手だ。

貞水殿は「ではな」と私の手に瑠璃色の小さな壺を押し付けるとさっさと踵を返して元来たほうに戻ってしまった。

この東の対の北側には貞水殿が詰めている政所がある。

愛想も何もあったもんじゃない。

はぁ、失敗した。
…でも。

「なんなんでしょう」

手の中の壺をお日様にかざす。

どうも中身は水よりも粘っこいもので透き通っているっぽい。

「きっと、甘くておいしくて貴重なもの…なのね」

姫君さまのお口にはこういう稀なるものが入るのだわ。

甘くて貴重なものというと甘葛か蜂蜜だろうか。

封をされた壺を割らないように気を付けてそっと唐櫃の上に置いた。







次の日、貞水殿から瓜と枇杷の下され物があった。
姫君さまにお送りしたものの残りということだったけれど本当に甘くて美味しかった。



 



『アンラッキーな彼を救え』キャンペーン(笑)第一弾。
まだ誰を救うか全員決めてはいないんですけど一人目は大江貞水さん。
これまで澪姫を一途に見守ってきた彼ですが、どうしようかな、少しは良い目を
見せてあげたい気もする…。
貞水殿は彼なりに新参の和香ちゃんを気遣ってたりするのかな…と。
でも苦手意識持たれています。
貞水22歳くらい、和香ちゃん15歳なんですけど…これ進めていって
いいのでしょうか?ロリコンがまた増える気がするよ。うちのサイトに。



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