※遊星×二十代様、映画の後の時間の話
※直接的なネタバレはありませんが、まあ前提として映画の内容ありきなので未鑑賞の方にはあまり優しくないと思われます
※遊戯王・超展開・ありがっち



 臨界点を突破するまで加速を続け、周囲の風景が歪み、一瞬のうちにして景色ががらりと一転する。上昇と下降を同時に味わってでもいるかのような奇妙な浮遊感と非現実感に惑わされぬようにしっかりとグリップを握り締めた。暗闇の中、稲光のように赤い軌跡が遥か前方へ駆け抜けていく。はっきりと、導かれているのだと感じる。前も後ろも無いような空間に於いて、進行方向を誤らずにいられるのはこの光の導きがあるためより他ならない。僅かに上半身を前傾させ、更に機体を加速させた。宇宙の中を疾走してでもいるかのようだった。路上を走っていたのでは得られないような緊張感と高揚感にも馴染んできてしまった。それほどまでに、何度も、この回廊を行き来している。不思議なものだった。
 目測を誤ることは無い。徐々に近づいてきた目的の場所には、夜空に光る一番星のように他の何よりも目映く光り輝いているひとつの光源がある。引き寄せられるようにしてホイールが道なき道を疾駆する。(…漸く会える。)波立ち始めた心を鎮め、スパートをかけるようにエンジンをフル回転させ、そして――。
「おわああぁっと!」
「っ!!」
 回廊から勢い良く飛び出した先の地面は土が剥き出しになったでこぼこの大地だった。ガガガガガガッと物凄い音を立てて、乾いた土がホイールの回転により削り取られ巻き上げられ宙を舞う。慌ててブレーキをかけ、半回転させつつ機体を停止させた。まずい。内心で冷や汗をかいた。深く被っていたヘルメットを取り、回廊からこちらへと着地するのと同時に聞こえてきた悲鳴がした方へと視線を向けて、絶句した。
「…ゆ~せ~~??」
「す、すみません十代さん」
 そこには巻き上げられた土を見事に頭から被ってぐっしょりと土色に濡れたあの人の姿があった。視線が合うと、にこりと微笑まれる。しかし目が笑っていない。前髪からぱさぱさと土が零れ落ちた様を目にして、弾かれたように傍らに駆け寄り土を払い始めるが、彼は呆れたように溜息をつきゆるゆると首を左右に振った。いつも明るく元気の良い彼にこうして言外に言い含めるような仕草をするのを見ると、それほどまでのことをしてしまったのだと思い羞恥のあまり縮こまりたくなってしまう。だが彼はこちらをちらと見て表情をまた一転させ苦笑を浮かべると、おもむろにデコピンをひとつ放ち「どうでもいいけどさあ、こっち来る度に、こう、土とか、泥水とか、ぶっ掛けてくるのだけはなんとかならねぇもんかなぁ?」と言った。人差し指で打たれた額がじんじんと痛んだ。

 急停止させた際に畦道にはまり込んでしまったD・ホイールをなんとか引きずり出し道の脇に退けてから改めて、周囲を見渡した。一面の緑色が波打つようにしてさやさやと風に揺れている。左右に延々と続く緑色の合間に、まったく均されていない乾いた土の細道が走っている。視界の利く範囲はすべて同様の景色が広がっていた。何処まで続いているのか。瞳を細めて遠くを見遣っていると、隣に立ったあの人が面白そうに「田んぼがそんなに珍しいか?」と尋ねてきた。彼に向き直り素直に頷くと、今度は感心したように「やっぱり遊星は未来っ子なんだなあ」とよくわからないことを言う。にこにこと嬉しそうに笑いながら前に立ち、ゆっくりと歩き始めた。彼の歩調に合わせるように、ゆったりと歩く。ブーツの底が土を踏みしめる度にざくざくと音がした。こうして剥き出しの土の上を歩くのも、道という道は完全に舗装されてしまった後であるネオドミノシティにおいては滅多に体験出来ないことであった。過去の世界には見知らぬものばかりがある。恐らくは懐かしむべき文化、発展の過程の尊い時期なのだろうと思う。しかし完全なる統制がなされてしまった後の文明に生きる者たちは、自分たちにそのような過去があったことなど省みない。無知とはそういった欺瞞から生み出されるものなのだと、彼と幾許かの時間を共にするようになって、知った。
 パラドックスとの戦いの後も、不思議に彼との付き合いは続いていた。本来は、してはいけないことなのだろうとも思う。未来に住む者が過去に住む者に干渉してしまっては後々の未来に影響が出てしまうということは、今回の戦いで嫌と言うほど思い知らされた。しかし彼はあっけらかんと、「ああ、俺のとこならたぶん対象外だから大丈夫じゃね?でも、他の奴らの目には触れないようにした方がいいかもな」と言った。対象外。それはいったいどういう意味なのかと問おうとしたが、さりげなく、それとなく話題を逸らされた。触れられたくないことなのだろう。明け透けで裏表が無いように見える彼にも事情があるのだということは、彼が「精霊を実体化させる力」を持っている時点でわかりきっていたことだ。
 ともかく、彼は旅を続けている。そして彼の言葉に甘える形で何度もこちらを訪れている。何よりも強い力を持つ彼を目標として回廊を渡るので必ず彼の元に辿りつくことになるのだが、その度にまったく違う風景を背に負っている彼を見ると、旅をするということがどういうことかがわかるようだった。そしてその度に新たな発見がある。彼とは年齢が同じだが、積み重ねている経験という点ではこの時点において既に天と地ほどの差があるように思われた。以前そう口にした時には心底嫌そうな顔をされ「それ、遊星に言われると嫌味にしか思えないぜ」と言われたが、事実であることに変わりは無い。
 そして今回も。
「…それで、今回はどうしてここに来たんですか」
「ん~~?」
 後頭部のあたりで腕を組んで歩くその人の背中を見る。ここは長閑で、静かで、空気も澄んでいる。彼がわざわざ訪れなければならないような問題事が起きているようには思えなかった。しかし彼の足は止まらない。それよりもさあ、と切り出されたまったく関係の無い話題に相槌を打ちつつ細道を進んでいく。真っ青な空が何処までも続いていた。大地の上を、ふたり。果ては見えない。
 どれくらい進んだ後だっただろうか、ふと、視界の端のそれが目に入った。絶え間なく続いていた緑色の海が不意に途切れたのだ。ほんの僅かな範囲ではあるが、不自然に田畑の地面を晒している。目を凝らしてみて、驚いた。彼は足を止めることなくそちらに近づいていき、恐らくは今回の「問題事」の原因になっていると思われる対象に、フランクに話しかけ始めたのだ。それは、名前もあまり知られていないような下位の精霊たちだった。数体集まった精霊たちはそれぞれが憤った様子で何事かを喚き散らしていた。生憎彼らの言語を聞き取ることが出来ないので雰囲気でしか察することが出来ないのだが、お互いがお互いに対して怒りのようなものをぶつけ合っていた。埒の明かない言い争いが続いている。その間に立ち入ったあの人は「まあまあまあまあ」「いやいや、な、そこは、ほら!」と暢気な相槌を打ちつつ、精霊たちの怒りを散らさせようとしていた。しかし彼のあまりにフランク過ぎる仲介に、精霊たちの怒りはヒートアップしていく一方だ。だが負けじと劣らず、あまり気の長い方ではない彼のテンションも目に見えて下がっていく。精霊の中の一匹が彼に向かって怒鳴り声を上げた時、それは起きた。
「黙れ」
 空気を振るわせた絶対零度のつめたい声に、反射的に身を竦ませてしまった。彼が心の底から苛立った時に出す低い声は、普段の彼からは想像が出来ないほどに硬質で絶対的な威圧感を滲ませていた。騒ぎ立てていた精霊たちが一息のうちに大人しくなる。しんと静まり返る場。それから静かに話し出した彼の言いたいことはふたつだった。くだらないことが発端で始まった喧嘩を何ヶ月も続けているのではない、ということ。精霊たちがすっかりこの土地に腰を落ち着けてしまったせいで作物が育たなくて困っている、ということ。いいな?と念を押すように尋ねた彼を前にして、精霊たちはこくこくと何度も頷き、ぺこぺこ頭を下げながら逃げるようにふっと姿を消してしまった。彼らの世界に戻ったのだろう。静寂が戻ってきた世界の中で、ゆっくりと彼がこちらを振り返る。思わず身構えてしまいそうになったが、彼がその顔に浮かべていたのは、なんとなく申し訳なさそうな苦笑でしかなかった(ただ、彼の瞳が、少しだけ金色に輝いていたように見えたのだが、気のせいだっただろうか)。

「まさか、あのためだけにここまで?」
 用事は済んだぜ、と微笑んだ彼と共にD・ホイールの傍らにまで戻ってきていた。尋ねると、何の迷いも無く頷かれる。そのことに内心で少しだけ動揺した。
「こんなことのために、…って思ったか?」
 彼は微笑んでいる。嘘がつけるはずもなかったので、大人しく首肯すると、だよなぁ、と肩を竦められた。
「俺もそう思うぜ」
「それならば、どうして」
「どんな些細なことでも、誰かが困っていて、俺に助けを求めてきたからには動かなくちゃいけない。それがヒーローの役目ってもんなんだよ」
 助けを求めてきた、と言った。それは恐らく人間ではなく、別の次元に片足を突っ込んだような者たちか、もしくはまったくもって別の次元の生きものたちからのものなのだろう。意識したことは無かったのだが、普通は、普通の人間は、デュエルモンスターズの精霊を視ることなど出来ないという。多くの人間たちから認知されない彼らを救えるのは、彼らを視ることの出来る人間だけだ。ましてや彼は精霊たちとの縁が深い。その力を危惧した人物に、直接的に抹殺されそうになってしまうくらいには。
「悪くは無い仕事だぜ…ましてや俺には、罪滅ぼしとしてちょうどいいくらいだ」
「…罪滅ぼし?」
「そう。俺はさ、実はとんでもない悪人だからさ。なっ?」
 おどけてウィンクなどしてくる彼の意図が読めずに困惑する。すると彼はサッと表情を何かを懐かしむような眩しいようなものを見るものに転じさせた。
「遊星は、本当にいい奴だよなあ」
「…どうして、そうなるのかがわからない」
「わからなくていいんだよ。ああ、わからない方がいいんだ」
 俺たちの未来に遊星みたいないい奴がいると思うと、頑張って今を生きようって気になるよ。そう言ってにっこり微笑んだ彼の姿が、何かの重責に押しつぶされて今にもその姿を果敢無く掻き消えさせているように見えて、少しだけ胸が痛んだ。



***


多感なお年頃である遊星君はちょくちょく先輩に人生相談しに行っていればいいよ、という話
二十代様が好きすぎてすみません…


どうもありがとうございました!現在の御礼ページはこの1枚だけです




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