【はじまり】 ―― ここは、何処だ? 柊木新生(ひいらぎ あらた)は誰に呟くでもなく独白を漏らすと辺りを見回した。 どうやら自分は駅の改札口に居るらしい。それは分かる。だが、自分は何処かに旅行に行こうとしていた訳ではない。 何よりも、今自分が立っている駅に全く覚えが無かった。 そして更に辺りには見たことの無い、強いて言うなら映画の中にでも登場しそうな風体の者たちがせわしなく行き来している。 取り敢えず落ち着こう。そう思い近くにあったベンチに腰掛けてトレンチコートのポケットを探ると、手に馴染んだシガーケースとオイルライターが触れ、思わず安堵の息を吐く。 手慣れた所作で煙草に火を点け紫煙を吐き出すと、停滞していた思考が動き出す。 ―― 見知らぬ場所、人、モノ。 何故だか道往く彼らは全て日本語で喋っているように聞こえるが、違う言語の様な気もする。 時折、改札口から不安げな表情で誰かに付き添われてやって来る者も見受けられ、その人種も人間のようであったり、全くの異形の者であったりと様々だ。 何本目かの煙草に火を点けた時、ようやく自分がショルダーホルスターに愛用の拳銃を携帯している事実に気付いた。背広の内ポケットには警察手帳、ズボンの後ろポケットに手錠もある。 ―― 少なくとも、職務中に何処かに紛れ込んだのだろう。そんなことをぼんやりと考える。 心当たりが無い訳ではない。自分の父親もかつて「不思議な体験をしたのだ」と何度も語っていたのだ。 そも、それは父親が「事故」で意識を失っていた間に見た夢かもしれず、おいそれと断言はできなかったが、反面その話には夢で片づけられる程全く整合性のとれぬ話ではなかった。 何しろ父親が入院している間に、自分たちが見たこともない人物と一緒に写っている写真や持ち物が出て来て、眠っていた彼がそれらについての由来を語り出してしまったのだから、眉唾と一蹴する訳にはいかなかった。 まして、その持ち物 ―― 今、自分が手にしているオイルライターとシガーケースなのだが ―― を譲り受けた自分がこうして不可思議な現象に巻き込まれているのだ。心の片隅で納得している自分を否応なく自覚せざるを得なかった。 「さて、どうしたものかねぇー」 再び紫煙を吐き出し、駅舎の切れ間から覗く空を見上げる。抜けるような青をしたそれは、果たして本物の空なのか判然とはしなかったが。 「人生、時には寄り道も必要と言うことかな?」 まぁ何とかなるだろうと、とても迷子になったであろう人間とは思えぬ楽観的なことを呟くと、柊木はコートのポケットに手を入れ、目の前の広場へとゆっくりと歩き始めた。 <了> |
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