『……イ……トーイ!』



   キスをしようか(3トーイ×女神様)



 呼ばれている。何処か、遠くから。
 涼やかで、甘い声は少し困ったような、呆れたような響きを含んでいて。
 まどろみの心地よさと、その声で呼ばれる、心地よさに。もう少し、浸っていたかった。

 なのに、トーイ自身の身体が、それを許してはくれないらしい。

「――っくしゅ!」

 突然の寒気、そして訪れる生理現象。
 さすがに抵抗できず、くしゃみを一つして。渋々重い瞼を開けると呆れたような表情が、飛び込んでくる。

「もう、風邪ひくわよ?」

「……女神様」

 回らない頭で、状況を整理しようとする。
 見渡せばそこは彼女の住まう、泉。夏でも不思議なほどに涼しく、色とりどりの花が咲き乱れ。
 炎天下の下での仕事で疲れきった身体はどうやら、その場所の快適さに負けてしまったようだ。
 木陰で少し休憩、そのつもりが何時の間にやら。

「……どのくらい、寝てたんでしょうか」

 こちらを覗き込むようにしている彼女、その向こうに見える空は、青い。
 
「さぁねぇ……ふふ」

 トーイの質問には答えず。
 彼女は笑う。可笑しくて仕方がない、といった風情で。

「なんですか」

 少しムッとして、問う。
 しかしその声にも力が入らない。気を抜けば閉じてしまいそうな瞼。
 茫洋とした視界には、女神の無邪気な笑み。

「だってトーイ、すっごく迷惑そうなカオしてるんだもの」
「……」
「何時もは涼しいカオしてニコニコしてるのに、意外な弱点ね。寝起きが悪いなんて」
「……」

 からかわれて、いる。
 またくすくすと笑う、彼女。笑われても、怒りを感じないのは惚れた弱みというヤツなのだろうか。
 ぼんやりとした頭でそんなことを思う。

「そうだ」

 妙に弾んだ声色。きら、と光るアメジストの瞳。

 それが気付けば驚くほど近くなっていて。
 なのに回らない頭と重い身体はその状況を理解し対処する術を、持たない。


 おはようのキス、してあげるわ

 
 そんな、悪戯っぽい言葉。
 共に降ってきた、一瞬のそれはどこか、ひんやりとしていて――――


「――――!」


 がば、と。
 起き上がると、辺りはすっかりオレンジ色に染まっていた。
 女神の泉、その木陰。何時の間にか、眠ってしまって。そして?

「夢……」

 認識して。呻く。
 夢は深層心理の願望を、反映するらしい。

 頬に集まる熱を紛らわすように、ぐしゃぐしゃと頭をかきむしるトーイ。

 彼は知らない。物陰での、コロボックルズの会話を。


 “見ちゃったのー!”“今のはキスシーンなのね!”
 “寝てる相手に、なんて……女神様も結構大胆なんだな”



 ――キスをしようか、おはようの



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