目の前の道をまっすぐ行けば、辿り着くのは身の破滅

 


 


家路の向こう

 


 


でこぼこのあぜ道に、夕陽が作り出したでこぼこの影が3つ並んでいる。
男3人が熱く仲良く友情を語り合っている・・・わけではなく、
むしろ重苦しく剣呑な雰囲気が漂い、校門を出た時から誰も口を開かない。
「・・・また小言か」
沈黙に耐え切れなくなったのか、これからやって来る未来に匙を投げたのか。
げんなりした口調と顔付きで、真弘が会話の口火を切った。
真弘、祐一、そして拓磨。
このメンバーでこの後会話が続くかどうかは甚だ疑問であるが。
「ボロ負けしてからようやく立ち直ったってのに・・・ババ様もキツイっすね」
「同感だ」
無表情、あるいはそれを装った2人ではあるが、
その胸の内に潜む苦い屈辱は真弘も十分知る所であった。
たった1つの矜持を、それぞれがズタズタに引き裂かれ、踏み潰され。
いっそ醜悪なまでに気が狂ってしまえば楽だったのにと、
残った理性が冷たく笑う声を真弘は聞いた。
未来は定まった。
宝具、並びに玉依の血による封印はほぼ絶望的。
ならば誰かがジョーカーになるしかない。
「道化」。
自分には似合いの言葉だと真弘は思った。
誰よりも諦めが悪いフリをして、誰よりも早く全てを放棄しているのだから。
そう、己の命すら。
けれど残った守護者たちに託さねばならないことがある。
願いなど持つことすら許されなかった我が身だが、その死後なれば。
真弘は努めて平静に、かついつもと変わらない横柄な口調で切り出した。
「なぁ、祐一、拓磨」
「何すか、先輩」
「どうした?」
何だかんだ言っても、呼べばすぐに応えてくれるこの2人の友人は、
きっと運命の采配をする神がくれた最初で最後の贈り物だろう。
夕暮れ時の田舎道は怖いくらい静かで穏やかで平和そのもので、
心の奥に仕舞っておいた願いの言の葉を取り出すのにも、さして躊躇いはなかった。
「深くは聞くなよ。ただ、俺たちにはそれぞれ事情がある。
だから・・・もし、俺がいなくなっても」
空気は変わらず優しい。
虫の鳴き声はいつもと同じように退屈で単調で、遠くの晩鐘の音は幼な心にも哀愁を誘う。
平穏な世界で呟く願いの行く末も、どうか平穏なものでありますように。
「あいつは、珠紀は・・・この村には合ってない。多分、これから苦労する筈だ。
あいつのこと、守ってやってくれ」
ぴたりと立ち止まった祐一と拓磨の数歩先で、真弘も足を止めた。
2人は真弘の行く末を知らない。知っているわけがない。
真弘はこの村の情報統制が如何に徹底しているかを良く知っている。
自分がかつて蔵で書物を読み漁った分、多少彼らより多くのことを知っているかもしれないが、
その知識が活かされることは未来永劫、皆無なのだ。
・・・ふと、先日の激闘での最後の記憶が蘇った。
細い足を小刻みに震わせて、恐怖に慄きながら立ち向かった珠紀。
その姿を思い出すだけで胸が焦がれ、熱くなる。
前向きで一生懸命な所は最初から好感が持てた。
時折見せる寂しそうな顔には弱くて、ついつい世話を焼いてしまったこともあった。
自分の命が消えるとしても、珠紀が生きる世界のためだと思えば随分救われた。
この想いだけを道連れに、死出の旅路に就くことが出来るだろう。
ここであってここではない場所を見つめ、真弘はふっと笑った。
すると、祐一がぽつりと呟いた。
「真弘、お前は思い違いをしている」
「あ?」
思っていたのとは少々違う反応だった。
真弘はゆっくりと2人を振り返る。
どちらも深刻な顔をしていたが、その瞳には厳しい光があった。
「玉依姫は守護者が守る、それは当然のことだ」
「だから何だよ。今更ってことか?」
「そうじゃない」
祐一は静かな声で、しかしはっきりと告げた。
「珠紀はお前が守れ。最後まで、守り抜け」
「祐一・・・」
それが叶わないかもしれないんだ、という言葉を、真弘は必死で飲み込んだ。
守ってやりたい、守り通したい、でも守れない。
何度繰り返したかわからないジレンマ。
葛藤の色が浮かぶ真弘の表情を、祐一はそれ以上何も言わずに見守る。
代わって拓磨が口を開いた。
「真弘先輩、俺からも1つ」
「・・・んだよ、拓磨」
「本当に大事なもんは、自分の手で守った方が良いっすよ。じゃないと」
ゆっくりと歩き出した拓磨は、立ち止まったままの真弘を追い越し。
「・・・他の誰かに奪られちまいますよ」
真弘は驚いて振り返ったが、拓磨は既に背中を見せてあぜ道を歩き出していた。
「そういうことだ、真弘」
ぽんと軽く肩を叩き、祐一も真弘の横を通り過ぎて行く。
言うべきことを言い終えた2人は、もう真弘を振り返らなかった。
彼らとて歩む道は1つしかない。
その運命に向かって進む姿からは諦めと潔さが感じられ、そして悲哀に満ちていた。
暮れ行く世界に1人残された真弘は、道に迷った幼な子のように視線を彷徨わせる。
やがて浮かぶのは自嘲の笑み。
「簡単に言ってくれるよなぁ、あいつら」
夕闇が山裾から広がり、ずるずると世界を夜に引き擦り込んで行く。
背中の羽は空へと舞い上がることを許されず、冷たい水底で己と共に息絶えるのだ。
「・・・俺にどうしろってんだよ・・・」
みっともなく生に執着する自分の声が聞こえる。
耳を塞ぎ、五月蝿い黙れと声もなく哭き続けた暗い夜が蘇る。
細く伸びた自分の影は墓標のよう。


――――ああやっぱりあの時殺されれば良かった。


絶望に彩られた瞳を閉じて、真弘は自分たちを庇い守った珠紀の姿を再び思い描いた。
罰当たりな夢想に耽る今の自分を知ったら、きっと彼女は軽蔑するだろうなと思いながら。

 


 


−Fin.−

 


 


このトリオも良いですよね。三つ巴万歳!(え)
真弘先輩の悩みとか憂いは誰よりもダントツでドン底だと良い。←ドS発言。
珠紀のことを玉依姫と呼ぶ祐一先輩が大好きです。
拍手ありがとうございました☆★

 


 






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