「真紀子さん……」
「青野……」 
 
 縋る様な二人の呟きを無視して、青野真紀子は七瀬八重の後ろで蹲る潦景子──ジョーカーを名乗るアンデット――を眼鏡越しの瞳で見据えた。
 
 そこには何時もの、仲の良い友達としての真紀子は無い。一時的に仲間として戦った時に覗き見た、平和を愛し守ろうとする者の貫禄が渦巻いている。
 
 その貫禄が、景子を封印しようとしている。
 
 もしも何時もの景子ならば、減らず口の一つや二つを零しつつ、何とかこの場を乗り越えようとしただろう。だが、今はジョーカーとしての力を制御し切れない身体だ。
 
 今の景子には、立ち塞がる友人に怯えた眼を向ける事しか出来なかった。
 
「大丈夫ですよ」
 
 不安を感じ取られたのか、気が付けば八重は両手を広げたまま景子に振り返り、何時ぞやの調理実習と同じ様に、、柔らかい笑みを浮かべて呟いた。
 
「……七瀬」

 それを嬉しく頼もしく思いながらも、何故か景子は軽い違和感を覚えた。それが何かと気が付く前に、八重は再び視線を戻して歩み寄る真紀子と対峙していた。
 
「八重ちゃん、、そこをどくんや……」
 
 発せられたのは、敢えて感情を抑えた様な低い声。
 真紀子の要求に対して、しかし八重は無言で首を横に振った。その姿に、真紀子は唇を噛んだ。
 
「八重ちゃん、、ジョーカーが最後に残ったら、世界が滅んでまうんやで!?」
 
 今度はやや感情の篭もった声。景子には体重絡みの話題を振って小競り合いに為った日々が、遠い昔の出来事の様に思えた。
 
「たとえそうだとしても……」
 
 僅かな静寂の後。
 両手を広げたまま。
 八重は彼女に似合わない鋭い眼差しで真紀子を見返し、そして答えた。
 
「たとえそうだとしても、、にわちゃんは私の大切な友達です。例え真紀子さんでも、、許しませんよ」
 
(七瀬!?)
 
 八重に護られ、科白を聞きながら、景子は胸底から熱い思いが沸き上がるのを感じた。だが同時に、最初に感じた違和感が徐々に膨れ上がっている事に戸惑っていた。

 一方、真紀子は八重の言葉に表情を曇らせると、、懐からバックルを取り出す。
 
「ッ! 真紀子さん……!!」
「ホンマはな、八重ちゃん。ホンマは私も、、私もにわを信じたい。けどな、これには
世界の運命がかかっとる。せやから私は、、にわを封印する!!」
 
 
――ターンアップ。

 
 血を吐く様な真紀子の叫びと、変身の始まりを告げる機械音声が、響いた。
 巻き起こる光の中で、真紀子は赤い衣を身に纏う。
 
「七瀬、逃げ……」
「にわちゃんは隠れててね」
 
 迫り来るかつての友人を前に、八重もスカートのポケットからバックルを取り出した。
 振り向きもせずに景子の言葉を遮る姿を見て、景子は漸く違和感の正体を知った。
 
「……七瀬」

 それは怒りだった。大切な存在を奪おうとする者に対して向けられる、七瀬八重の静かに深く燃え滾る怒りだった。
 
「……もう、喪うのはゴメンです!」
 
――ターンアップ。
 
 震える声と共に巻き起こった光の中で、八重は青い衣を纏った。


「……真紀子さん、死にたくなかったら言う事を聞いて下さい」

 優しき少女は、大切な人を守る為に優しさを捨てた。
 
 
「……八重、、ちゃん」
 
 青い髪の友人は、自分が愚かな選択をしてしまった事に今更に為って涙した。
 
 
「七瀬ッ!!」
 
 少女に救われた妹は、少女の変貌を止められなかった自分を呪った。
 
 

「ふふ、いよいよじゃねえ」

 彼女達のやり取りを、力に溺れたかつての友人が見守っていた。その眼は唯々嬉しそうに、、笑っていた。
  


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