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in all weather


どこからか疲れた女の歌声が聞こえる。細い路地の壁を伝わって、欠けた煉瓦の道を這って古びたカフェの擦れたビロードの椅子に腰掛ける獄寺の耳に届いた。単調なリズムが続くそれに彼の指先はゆっくりとテーブルを叩く。
曇天が街を覆っていた。今朝、アパルトメントの玄関を出た瞬間の冷たい空気と濡れた地面に雨かと沈んだ心は、曇り空に幾ばくかすくい上げられた。早朝降った雨は止んでいて、行き交う人が持つ傘は濡れていない。それを見ていると焼きたてバターと濃いコーヒーの香りに鼻を擽られた。カウンターの端に無雑作に置かれた朝刊を広げてコーヒーカップを口に運ぶ。大した事件が載っているでもなく、ページをめくって畳み直した。パリパリのクロワッサンを口にしたところで思いあたったように朝刊の天気予報のページを探す。
本日の天気は曇り後晴れ。雨具を持ってこなくて正解だった、用も無いのに持ち歩くのは煩わしい。ふと誰かの視線を感じて窓を見上げると、窓ガラスに反射する自分の姿でスカートの裾を直す女性の姿。素通しのガラスの上の跳ねる文字で記された店名に中までは見えないらしい。獄寺を見ているわけではなかった。赤いワンピースが目に焼き付く。再び畳み直した新聞記事の端に訃報だけを集めたコーナーが見える。続く時には数日続けてそこに見知った名前が載る時がある。念のためにと目を通して知人や関係者がいないか確認をするが見当たらない。
今日はどうやらいい日でも悪い日でも無いようだ。
折り目がたくさんついた札で支払いをすませてくわえ煙草で、指にかけた上着を肩にかけて獄寺は店のドアより一段低い、濡れた煉瓦へと歩を進める。
空に浮いた革靴の底はもう一度階段に戻った。
しばらく揃っていた獄寺の靴はとん、と一段下りる。
「モナムール」
覚え立ての言葉で獄寺の頬に何度もキスを繰り返す山本に
「何語だ、それ」
獄寺は苦笑して悪態を返す。
山本は獄寺から取り上げた煙草をくわえて歩き出す。新しい煙草に火をつける獄寺の腰を抱く山本は、逆側にスーツケースとDFSのショッパーズ、背中には竹刀の入った袋。いつもの風景。
「香水、買っておいたから。こっちに持ってきてなかっただろ?」
すっかり日焼けした山本の白い歯に南国の太陽を思い出して獄寺は薄茶のサングラスの奥で笑う。きっとその体からはこんな陰鬱な空気ではなくて、明るい香りがするのだろう。例えばサトウキビ畑のような例えば海辺のような例えば。そこまで考えて山本に唇と視界を塞がれる。
「人の話、全然聞いてないのな」
山本の顎の傷はすっかり馴染んだ。獄寺は唇を離すついでにそこを舐め上げる。
「おまえことで頭がいっぱいだ、そうin all wathers(晴れていても降られても)」



2010/10/10 だい。







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