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【燭へし】シュガー・レイン

 ひと雨来そうだと低く雲の立ち込める空を見上げてから程なくして、やはり雨が降り始めた。
 午前中は梅雨晴れ間のからりとした晴天であっただけに、洗濯物をまとめて片付けてしまおうと精を出したのがどうやら裏目に出てしまったらしい。
 生憎、午後は任務や遠征に赴いている者も多い。突如として地面を濡らし始めた雨に屋敷から飛び出で来たのは、たまたま非番であった燭台切と、審神者の書類整理で籠っていた長谷部のみであった。

「長谷部くんはそっちをお願い!」
「分かった、お前は向こうを頼む」

 最初は初期刀と短刀ばかりであったこの本丸も、今では随分大所帯となっている。屋敷にいくつか存在している庭のうち、日差しのよくよく降り注ぐ南側に位置する一つなどは、今ではすっかり洗濯スペースとなっており、粟田口の揃いのシャツだとか、三条の華やかな衣服などが所狭しと並べられていた。
 降り出した雨が勢いのない霧雨であったのが唯一の救いだ。物干しから洗濯ものを手早く抜き取り、縁側にそれらを放ってまた戻るという作業を何往復かしたものの、燭台切が取り込んだ分に至っては、やや湿り気を帯びる程度の損害で何とか留めることが出来ていた。

 と、そこで燭台切は長谷部がひとり白布と格闘していることに気がついた。平素、敷き蒲団用のカバーとして使用しているものを、短刀の何振りかがぜひ一緒に洗わせて欲しいと声を掛けて来たものである。他の洗濯ものと比べ明らかに大物であるそれを、まずは一枚小脇に抱えたまでは良かったのだが、次の白布に手を掛けるには明らかに彼の許容量を超えていた。

「待って長谷部くん、手伝うよ!」

 燭台切が慌てて外へと駆け出したその刹那。長谷部がぬかるみに足を取られ、ずるりと斜めに体勢を崩した。あ、と口を開いた長谷部が、近場の白布へ咄嗟に手を伸ばしたが――、間に合わず、地面に強か腰を打ち付けてしまった。

「っつう……!」

 苦痛に顔を歪める長谷部のうえに、ずり落ちた白布が無情にも舞い降りる。
 辛うじて足元だけが覗いている状態の彼に、燭台切が急ぎ駆け寄った。

「長谷部くん大丈夫!?」

 彼を覆った布端を掴み、勢いそのままめくり上げる。突如として覆い掛った白布の中、どうにかもがき回っていたらしい長谷部の頬は、すっかり上気してしまっていた。

「ああ、何とか。シーツは駄目だが……他の洗濯ものは死守したぞ」
「そうじゃなくて! 君自身に怪我はないのかい?」
「受け身を取っていたからな、このくらい問題ない」

 抱えた洗濯ものをひょいと掲げて見せた長谷部に、燭台切はほうと溜息をつく。そうして、ふと、彼のうつくしい紫のひとみが常では有り得ないほどの至近距離で己を捉えていることに気付きぎょっとした。

「どうかしたのか、燭台切?」
「いや、ええっと……」

 刀としても勿論なのだが、人型を取ってなお、彼のうつくしさは際立っていた。さらりとした煤色の髪や、すっと通った鼻の筋、形の良いうすいくちびるなど、見目の良い刀剣の多い中、他と比べてそれらは決してひけを取らないものであったが、殊、燭台切はその目がいっとう気に入っていた。
 雨に濡れた紫陽花のような、うすいむらさき。そのふたつ目にじいと見つめられれば最後、ゆびさき一つ、簡単に動かせなくなってしまうのだから。
 それは彼といわゆる恋仲となってからも全くもって変わっていない。うつくしいから好きなのか、好きだからうつくしく感じるのか。どちらが先であったのかは分からないが、いずれにせよ惚れた弱みであることには違いなかった。

「何だか、その、花嫁さんみたいだなって……」

 しかも今、長谷部は頭部から背面にかけてすっぽりと白布に覆われている。それはいつか審神者が自分に聞かせてくれた、西洋式の新婦の装いを彷彿とさせるものであった。

「は!? お前、突然何を……!」
「だって、ほら! こういうのを、花嫁のベールって言うんだろう?」

 布の端を指先でつまんで見せる燭台切に、長谷部はかっと赤面した。そうして勢い立ち上がろうとするのを、腕を掴んで押し留める。速さでいくらか劣るかもしれないが、力比べでは負けはしない。再び腕の中へと収まった彼にそうっと顔を近づけた燭台切は、その耳元で二言三言囁いた。

「……勝手に言ってろ」

 ふい、と視線を逸らせた彼の額にこつんと自身のを擦り合わせる。細雨をまとった長谷部のまつげが、ふるりひとつ、小さく震えた。

 通り雨であったのだろうか。先ほどまでくすぶっていた雨はやみ、雲の合間より再び陽光が見え始めている。
 うすいベールの向こう側、誰も邪魔することの出来ない二人きりのその場所で、彼らは小さく口付けを交わした。


2015.6.30 ♯燭へしジューンブライド企画 様へ投稿致しました。燭台切の台詞は、皆さまのご想像にお任せ致します。



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