49_2.月見のこと おまけ





「リア充爆発しろ! むしろ人類滅べ!」
 と叫びながらレンタルDVDを山盛り抱えて部室に入ってきたのはよんちゃんだった。あれなに、と桜ワンピさんに訊くと「彼女に『面白みがない』ってフラれたんだって」と簡潔に説明してくれた。なるほど。よんちゃんは基本的に単純で優しくていい人だけど、いい人すぎてよくフラれる。女の子の求める「やさしさ」とよんちゃんの優しさはたぶん違うのだろう。おれは男なのでどう食い違っているのかは知らないし興味もないが。
「彼氏彼女いるやつァ帰れ! 俺と同じ境遇のやつだけ一緒にDVD見ようぜ!」
「はーい、よんちゃん先輩と違ってモテモテだけど彼女作らない主義のちゅー先輩はどういう扱いなんスかー?」
「うるっせえ! 千原死なす!」
 よんちゃんは持っていたビニール袋から取りだしたペットボトルを思い切り投げつける。もっとも、よんちゃんは怒るととりあえず近くのものを投げる習性があるとみんな知っているので、軽々キャッチされてしまった。
「アクエリごちっす」
「誰がやるっつった!」
「んじゃオレ、彼女と約束あるんで帰りまーす。おつかれーっす」
「ちィはァらアァッ! お前にやるアクエリなんかねえよ! 置いてけ! アクエリ置いてけ!」
 妖怪アクエリ置いてけ、と桜ワンピさんが呟いた。ぴんときて「ヒラコー?」と訊くと、今のでよくわかったねと軽く驚かれる。数日前読んだばっかりなのだ(正確に言うと、いつもの漫喫でアサがカウンター内で読んでいたのを隣から見ていた)。
 桜ワンピさんと後輩の女の子が菓子類を適当に開けて行き渡るように回したりコップを置いたりしてくれるのを眺めつつ、DVDの山を崩してパッケージをあれこれ見比べてみる。火山の噴火やら隕石の衝突やら大寒波やら核ミサイルの誤射やら殺人ウィルスのパンデミックやら、人類滅亡の危機はなかなかバリエーション豊かだ。
「ねーねーよんちゃん、どれ見んの?」
「ん? あーいいよいいよ、好きなの選んで。どうせ全部滅びるから」
 身も蓋もない言い方に思わず噴き出した。すさんでるねえ、とケラケラ笑うと、ヤケクソになったのかよんちゃんも笑いながら答える。
「すさむともさ! ちゅーにはわかんねぇだろうけど!」
「うん、おれフラれたことないから全然わかんない!」
 付き合ったことも告白したこともないから当たり前だけどね。
「このイケメンがあッ! お前も敵だ敵!」
「よんちゃん先輩、ちゅー先輩の敵には役不足じゃないすか、ビジュアル的に」
「それ言うなら役者不足な。って悲しいツッコミさせんじゃねえよ!」
 よんちゃんは後輩に愛されてるなあ、としみじみしつつどれにしようかとDVDを見ていると、桜ワンピさんが「わたしこれ見てみたかったんだけど、いい?」と一枚を指した。隕石が落ちてくる話らしい。他に希望あるひとー、と訊いても誰も手を挙げないのでそのまま決定になる。おれ機械よくわかんないから誰かやってー、と言うと「ちゅー先輩カワイー」とふざけながら後輩のひとりがDVDを受け取ってくれた。おれはなんにもやらない人間だというのがみんなの認識らしいので、「機械よくわかんない」というのも嘘というか、誰かに押しつけるためのセリフだと思っているのだろう。携帯もいまだによくわからない機能が多いのに、学校のDVDなんて難しいものいじれるわけないじゃん、というのはもちろん口には出さない。おれが本当に機械が苦手でも、ただの方便として「機械が苦手」と言っているとしても、どっちでも他の人にやってもらうぶんには何も変わらないからだ。紙コップに適当にお菓子を盛って渡してくれた桜ワンピさんにありがとうと笑うと、「ちゅーくんホント得な顔してるよね」と笑われた。
「イケメンでごめんなさいね」
「ていうか、なんかちゅーくんに笑われると、してあげてよかったって気分になるから。気持ちいいっていうかさ」
「ふーん?」
 初めて言われたな、と考えつつポップコーンをもふもふと咀嚼した。映画館に行かないと食べないものだから、こうしてたまに食べるたびに「こんな食感だったっけ」といつも思う。どうでもいいけど、ポップコーンの作り方がおれは未だに信じられない。なんでトウモロコシを加熱するとこんなぽわぽわの食べ物になるのか。意味がわからない。大体、見た目からしてわりと食べ物っぽくないし。
「なんでこの映画見たかったの?」
「これ公開当時見に行こうと思ってたんだけど、行きそびれちゃったんだ。ちゅーくん他のがよかった?」
「んーん。おれもこれが一番いいと思う」
「見たんだ?」
「ううん。イメージ的に」
 どういうこと、と訊くような視線に、口の中のポップコーンをファンタで飲みこんでから答える。
「星が落ちてきてみんなが滅びる、って、ミスって核ミサイル撃っちゃって滅びました、とか殺人ウィルスで滅びました、とかよりきれいじゃない。詩的っていうかさあ」
 桜ワンピさんは目を瞠ってから、口元に手を当ててくすくす笑った。
「ちゅーくん、意外とロマンチストだね」
「そう?」
「そんでさびしがり屋だね」
「……、そう?」
 どうしてそう思ったの、とおれも視線で訊いてみたけど、映画が丁度始まってしまったので答えてもらえなかった。ちぇー。仕方ないので大人しくお菓子をもくもく食べながら、おれもプロジェクターに目をやる。こんなふうに隕石が落ちてきて、おれの心の奥底にしまいこんだ感情を壊してくれたらいいのに。恭介のことを好きな気持ちも、他の色々なしがらみも、すべて砕け散って流星群みたいになればきれいに終われるのに。
 映画を見ながらそんなことを考えたおれは、桜ワンピさんの言うとおりロマンチストなのかもしれない。


Fin


20120819sun.u
20120819sun.w


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