このろくでもない、素晴らしき世界。




「もう嫌よこんなの!」

拳を打ち付けたそのテーブルは、重厚な見た目と裏腹に、安っぽい大きな音を立てた。
予想外だったそれは室内の空気を凍らせる。後には、私の乱れた呼吸の音が嫌に響いた。

彼は何も言わない。視線すら感じない。息遣いすらも。
張り詰めていた空気が少しずつ緩んでいくのを感じて、私の涙腺もじわりと弛んで。
たった今殴り付けたテーブルに、ぽたぽたと歪んだ円が、落ちる。

「このままじゃ皆死んじゃうわよ!
こんなのもう耐えられない!
目が覚めるたびに今度は誰が死んだのか聞かされて‥」

『あたし達だっていつそうなるか分からないのよ』

喉まで出掛かったその言葉は、少しだけ残っていた理性でぐっと押さえた。
頬を伝う温い涙が煩わしくて、ぐいと袖で擦れば、いつ出来たのかなんて見当も付かない傷を開いて、ぴりっとした痛みが走った。

「‥っ!」

後から後から溢れる涙とは対照的に、それ以上言葉が出てこない。
胸の中で燻っていたものが、言葉の代わりに涙になって出ていっている見たいだった。
さっき開いた傷に涙がしみたけれど、そんなことはもうどうでも良かった。

ぎこちなく、彼は後ろから私を抱き締めた。
それを許された立場にあるにも関わらず、彼の包容はいつだって遠慮がちだ。
だけど、その腕はとても温かい。
とくとくと背中に伝わる心音の心地良さは、私の心に霞を掛ける。
いつだって、その温度に包まれれば、何だって出来る気がした。

だけど、今は。

そのぬくもりさえも、私に絶望を与える。

「‥初めて神田に抱き締められたとき‥凄くびっくりしたのよ?」

肩越しに振り向いてそう言えば、訝しげに彼は眉をひそめた。
突然脈絡無くそんな事を言いだしたのだから、当然だろう。それ以前のヒステリックさを考えれば、尚の事。

「もっとね、冷たいかと思ってたの‥体温。
なのに普通にあったかいんだもん。」

「‥俺は死体かよ」

死体、という言葉に肩が強ばった。

「悪ぃ‥」

それを感じたのか、静かに彼は呟いた。
耳に掛かる吐息も、熱を煽るはずの何もかもが酷く残酷に、私の中の『別の感情』を煽る。
それは恋心とはとても遠いところにあるはずなのに‥何よりも近い所にある。

「‥最近ね、考えるの。

明日目が覚めたときに、貴方が居なくなったって言われたら、あたしはどうするかな、って‥」

「‥どうなるんだよ」

彼に言葉を促されるなんて思っていなかった私は、とても驚いて。
真っ黒だった気持ちに、小さな光がぽつりと灯ったのを感じた。

「‥わかんない。そんなの考えるだけでおかしくなりそう」

矛盾してるのは解っていたけど、それ以外に言葉に表し様が無いのだから仕方がない。

「あたし達が命賭けてる間にもさ‥あたし達と同じ様な年の子は、学校行ったりお買物したりデートしたり‥生きるとか死ぬとか、そんな事一瞬だって考えないで一日過ごしてて‥」

目頭がかっと熱くなって、泣いたりしたくないのに涙がぼろぼろ零れてくる。

「解ってる‥。誰かがやらなきゃいけない事だって。エクソシストにプライドだって誇りだってある!
でもね、恐くて恐くて‥潰れそうなの!

死ぬのが怖いんじゃない。‥貴方が居なくなったらって考えたら‥恐くてどうしようもないの‥」

もしかしたら、いつもみたいに舌打ちをして、悪態を吐いておしまいにしてくれたら良かったのかもしれない。
彼に言っても仕方の無い事だし、何よりこんな事を考えている自分を彼に知られたくなんて無かったのに。
涙になれなかった感情は行き場を失って、溢れ出る先は彼以外には見当たらなかった。



「それでも‥こんな世界だからこそ、俺達は出会えたんだ」



彼は肯定もせず、否定もせず。
ただ抱き締められる感触に、身を委ねて。
不安や悲しみは消えないけれど。



このろくでもない、素晴らしき世界。
こんな世界だから、出会えた貴方。




「貴方が居なくなったら何も出来ないけど‥貴方さえいれば何だって出来るの」


『きっと私は、例え出会わなくたって絶対に貴方を見つけだすわ』


その反面でこう思ったけれど、言わなかったのは

彼の唇が遠慮がちに私のそれに触れたから。


..END.


お礼小説CMシリーズ第三弾はジョージアのBossCMより。
宇宙人ジョーンズが愛しいですね(笑)

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