※神+リナ





ドアの前に膝を抱えて座り込んでいる少女は、まさに水も滴る、と形容するに相応しいびしょ濡れ振りだった。
「………何、やってんだ」
ぽた、ぽた、ぽたぽた、ぽたり。
黒曜の髪から零れ落ちる雫が、少女を中心に広がる水溜りに幾つも波紋を作る。
確かに現在、外では土砂降りの雨が降っている。
しかしその土砂降りの外から任務を終えて帰ってきたばかりの神田の方が濡れていないというのは、これは一体どういう事か。
「リナ」
呼ぶも、反応は無い。
神田は一つ嘆息すると、手を伸ばして細い少女の体を抱え上げた。少女の反応を待てない程度には、任務の疲労は神田の思考を蝕んでいたのだ。
開錠してドアを開けば、出て行った時と変わらぬままの殺風景な部屋が神田の視界に映る。余り埃臭くないのは、恐らく腕の中の少女が定期的に換気でもしていたからだろう。
少し考えてから、神田は少女を冷たい床に下ろした。今の少女をベッドに下ろせば、寝る場所が無くなってしまうと思ったのだ。流石の神田もびしょ濡れのベッドで寝るのは御免だった。
神田は一度少女から離れ、クローゼットから自分のシャツとタオルを引っ張り出すと、すぐに少女の下へと取って返す。そうして床に座り込んだままの少女の前に跪き、おもむろにその衣服に手を掛けた。
団服ではない、可愛らしい―――いかにも女の子らしい意匠の衣服を神田は淡々と剥いでいく。脱がされた衣服が床に落ちる度に、びしゃ、と重たく濡れた音が部屋に響いた。
と、最後の一枚を剥ぎ取ろうとした神田の手が、不意にぴたりと止まる。
「…………」
神田の視線は少女の胸元に落ちていた。見た事のないものが其処にはあったのだ。
淡いピンクの、控えめなレースが可愛らしくあしらわれているそれ。
それは少女の、最近目立ち始めた胸の膨らみを柔らかに包み込んでいる。
少なくとも、神田が任務に出るまではこんなものはしていなかった筈だ。
―――何だこれ。
頭に浮かぶ疑問のままに、神田はそれに触れてみた。すると指先に伝わるのは、ひんやりとした明らかに濡れた感触。
その冷たさに眉を寄せ、神田は服を脱がす行為を再開する。胸を包むそれの取り方に少し悩む羽目にはなったが、程無くして神田の前には一糸纏わぬ少女の姿があった。
他人の衣服をその本人の協力無しに脱がすというのは、思いがけず重労働な行為だ。一仕事終えた気分で一つ息を吐くと、神田はまさしく生まれたままの姿の少女をタオルで大雑把に拭いていく。
と、ある程度の水分を拭い終えたところで、ふと神田は少女の頬が拭いても拭いても濡れていく事に気が付いた。
最初は髪が濡れている所為だと思った。けれど違う。それは、少女の黒曜の瞳から止め処なく溢れている。
少女の頬を濡らすものの正体に気付いた瞬間、神田は密かに胸を撫で下ろした。
この少女は壊れていくごとに涙が涸れていく傾向がある。だから神田にとっては、涙は少女の壊れ具合を量る重要な目安の一つだった。
何があったかは知らないが、涙を流せているのなら大丈夫だろう。
そう判断しつつ少女に自分のシャツを着せ、抱き上げた体をベッドに放り投げる。少しの間を置いてもそ、と布団の中に潜り込んでいくのを視界の端に捉えながら、神田は自分も着替えを済ませた。本音を言うならせめてシャワーを浴びてから休みたかったが、少女に全ての余力を使ってしまった今、もうそんな余裕は残っていない。
ふらつく足を自覚しながらベッドに歩み寄り、少女が居る布団の中へと神田も潜り込んだ。程無くしてするりと伸びてきた白い手を受け止め、腕の中に華奢な体を収める。
「眠れ」
少女に向けての言葉は、神田自身にも響いてしまった様で。
疲れた、と目を閉じた次の瞬間には、神田の意識は暗転していた。




++ 心の糧を有難うございましたv ++



お名前は未記入可。メッセージは千文字迄。
お名前
メッセージ
あと1000文字。お名前は未記入可。