お礼SSということで、佳奈多エンド後妄想シリーズ
そのいち『昼下がり』





洗った食器を拭きながら、佳奈多はくぁ、と小さくあくびをした。
十月も半ばを過ぎ、最近はめっきりと気温が下がってきていたが、昼は比較的暖かい。
今日も外は抜けるような青空が広がっているし、ベランダから柔らかな日光が差し込んでいて、部屋はぽかぽかとした陽気で満たされている。
昼食後の満腹感と穏やかな午後の昼下がりの空気に、佳奈多は少しばかりの眠気を感じていた。

リビングでは、テレビは『ごきげんよう』を垂れ流しにしたまま、理樹と葉留佳がホットカーペットの上にごろりと寝転がっている。
並んで、しかも仰向けで。
暢気なものだ、と佳奈多は内心で苦笑した後、そちらを眺めながら食器を拭く手を早めた。
今日、お昼が当番だったのはちょっともったいなかったかな。

「あのさー、理樹くん」
「んー?」
「私はですね、思うわけですよ」
「何を?」
「どうしたら理樹くんのハートを鷲掴みに出来るか、ということを」
「………」

理樹は手を組んで、それを枕にして後頭部を乗せる。
そして暫し天井を見つめた後、あれ、と言って葉留佳の方へ顔を向けた。

「僕って、誰だっけ」
「頭おかしくなったの? 直枝理樹十七歳、女の子っぽいけどれっきとした男の子、でしょ」
「そう、だよね。んじゃ、もう一回、さっきの言葉言ってくれる?」
「私はですね、思うわけですよ」
「その次」
「どうしたら理樹くんのハートを鷲掴みに出来るか、ということを」
「………」
「………」
「僕にそれ言うの、おかしくない?」
「いやー、そうなんですけどネ」

そう言って、葉留佳はごろごろと左右に寝返りを打つ。
それを理樹はじっと見ていたが、手が痺れたのか、途中で枕にしていた手をカーペットと頭の間から抜いて、捨てるように腕を放り投げる。
すると葉留佳が、スカートがはだけているのも構わず理樹の方に身体ごと向けて寝返りをやめた。

「私の気持ちなんてとっくの前に曝け出しちゃったし、知られちゃってるわけだし? それにこうやって一緒に住んでるんだし、今さら隠す必要もないかなーって思ってさ」
「えー」
「それに理樹くん、何もしてこないから、ならむしろ私から攻めてみようかなーという気持ちもありまして、こういうことをしてみているわけですよ」
「いくらなんでも、ぶっちゃけすぎ」

放り出した片手を使って、理樹は葉留佳の額に軽くデコピンをする。
いたーい、と軽く笑った葉留佳は、笑顔のまま言った。

「理樹くんなら、こんくらい言っても大丈夫かと思って」
「僕だって男だし、あまり油断してるとどうなるかわからないよ?」
「ほぉー、一緒に住み始めて一ヶ月経ってキスも出来てないくせに、言うねー」
「そこ突くねぇ。そんなにしてほしいならやっちゃうよ?」
「出来ない出来ない。どうせほっぺに軽くちゅーするのが限界ですよ」
「出来るさ」

理樹はむっとして、少し口調を強める。
葉留佳は理樹の様子を面白げに眺めつつ、手を空中に上げてぷらぷらと振りながら言った。

「いーや、出来ないね。へっぴり腰でへたれな理樹くんには私なんてまず無理、お姉ちゃんのおっぱいなんて一生触れないね」
「いや触れるね。何なら今すぐに佳奈多さんのおっぱいを後ろから揉みしだいてあげようか?」
「おーおー、口だけはでかいこと言いますねーこの子は。今隣でぴっちぴちの女の子が無防備に寝そべってるのに何もしてこないチキン野郎のくせして」
「いや、葉留佳さんだと何か無理だし。何か萎えるし」
「どういうことだこらぁっ! むしろ私からチューしてやろうかっ、この、このっ!」
「ちょ、こら、顔を押し付けてくるなっ。やめろ、僕の唇をそう易々と奪われてたまるかぁっ」

寝たまま取っ組み合う二人。
そこへ、食器の片づけが終わった佳奈多がリビングへ入ってきて、言った。

「二人とも、窓開いてるわよ?」
『うん、知ってるー』
「あっそ。何か飲む?」
『任せるー』
「はいはい。紅茶でいいわね」

手をひらひらと振って、佳奈多はまたキッチンへと戻る。
テレビでは、小堺と観客が『なさばなー』と叫んでいた。
情けない話の略である。
葉留佳はそれを馬乗り状態のまま聞くと、理樹の方を向いて意地悪そうに笑いながら、頬を指でつついた。

「情けない子ですねー理樹くんは」
「重いからどいてよ」
「うーん、何かこの態勢楽しいから、もう少しだけ」

そう言って理樹の胸にしなだれかかると、頬を胸元に摺り寄せる。
まったくもう、とぼやくも振りほどこうとはせず、理樹は体の力を抜いた。

差し込む光が、レースのカーテン越しにベランダ近くのフローリングを明るく照らしている。
カーテンを揺らしながら入ってくる風が穏やかで、新築特有のフローリングの匂いがキッチンの方まで運ばれてくる。
佳奈多がまたリビングの方を覗いてみると、理樹が葉留佳の頭を撫でているのが見えた。
二人くっついてまったりと過ごす光景に、今度は微笑する。
運ばれてきた微かなフローリングの匂いの中に、ティーポットから漏れるグランボアシェリ・バニラの香りが混じるのを感じながら、佳奈多はまた小さくあくびをした。
三人で一緒にお昼寝っていうのも、悪くないかも。







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