拍手、ありがとうございます~。

お礼の文章は



・がっつりジュアル、エロくないけど性描写あり

・うっかり死にネタ、メインメンバーの死亡描写あり

・後味のよろしくないラブコメです



と、いう感じなので、駄目そうだったらそっと閉じて下さいませ!















Pie in the sky 1 : とびおりてのち





 曇天の所為か、朝から視界が悪かった。昼を過ぎた頃には霧雨が降り出して、夕方には雪になった。雲を突き刺すように真っ直ぐに伸びた時計塔は、氷を散らすように重く鐘を鳴らした。鐘は五つ鳴り、足元の曇天を写し込む水溜まりが音に共鳴して揺れた。水気を含み、重くなった外套の合わせを手繰り寄せる。しっとりと濡れた緑の絨毯を無造作に踏みながら、年若い研究者は石造りの園の門をくぐった。途端に、噎せ返るような甘い匂いに包まれる。門の先は、神聖な場所だ。精霊信仰の盛んなア・ジュールにおいては、負の聖域とも言える。研究者は意匠の施された石塔から手燭に火を入れた。黒々と濡れた石畳を越えて園の中央へと続く道は、人々より捧げられた花々で溢れ返っていた。この、故郷を離れた異国の地に溢れる花々に、人々の彼への感謝と敬愛の念とか偲ばれる。研究者は思った。花の種類は店で誂えるような豪華なものから、家の裏庭から持って来たような質素なものまでと様々だった。多くの人々の希望を負った、稀代の研究者――自分は、ここまでのことが成せるのだろうか、その資格を持つのだろうかと、煙る花々を見ながら、澄んだ深緑の瞳を暫く曇らせた。

 森のような花置き場を抜け出すと、石畳を踏みながら研究者は更に園の奥へと歩を進めた。暫く進むと、規則正しく埋められていた低木が途切れ、芝生に埋め尽くされた広場のような場所に出た。

 芝生の中央には手摺りのついた石段と祭壇があり、その奥には石碑が建っている。研究者は、頬に張り付く濡れた髪を耳に掛けると目を細めた。

「来てたんだ」

 研究者の声に、石碑の前に座り込んでいた男が顔を上げる。振り向いた拍子に、髪に付いていた雪が白く舞った。

「久しぶり」

 明るい声だ。

「本当に」

 肩を竦めながら返すと、男は申し訳なさそうに眉根を寄せた。

「それ、嫌味?」

「半分は、多分そうかな」

 研究者は笑うと、男の広い背中をひとつ叩いた。厚手のコートに包まれた背中は雨雪に塗れていて、半分凍っているような冷たさだった。見ると、足元に供えてある花には、うっすらと雪が積もっている。

「……ねぇ、いつからここに」

「やめろって。いいだろそんなの。んなことより、」

 この度は――言おうとした男を、研究者は押し止めた。

「いいよ、そんなの」

「おいおい。そりゃ俺の台詞でしょうよ」

「いいでしょ、そんなの……本当に、久しぶりなんだから」

「そうか?」

 頭を掻きながら言う彼の手を研究者は取った。やけに冷たく感じる。彼は照れたように俯いたが、されるがままだった。気を、使ってくれているのだろうな、と研究者は思った。

「引き継ぎは?」

「喪が明ける前に」

 悪かったな、辛いときに傍に居てやれなくて。男は呟いた。大丈夫、そんなにやわじゃないよ。研究者は笑った。

「思ったより早くなっちゃったけど、いつかは源霊匣[オリジン]の研究も手伝えたらって思ってたから」

 世界の希望を負う研究者は、遠い目をした。誰かがやらなくてはいけないことで、出来るなら源霊匣に未来を視た者が希望を引き継ぐべきなのだろう。だから、選択をした研究者に迷いはなかった。

「どう。やってけそう?」

 薄く微笑んで、研究者の手から自身の手をそっと取り返すと、男は訊いた。

「何とか。すぐにはどうにもならないだろうけど、きっと大丈夫。皆も手助けしてくれるし」

 石碑に手をかけ、刻まれた文字をなぞる。二つの世界を繋いだ希望――そこまでなぞって指は止まった。

「最初の内は多分……上手く行かないかも知れないけど」

「お前なら大丈夫だよ」

 言いながら、男は小さな子供にそうするように研究者の頭を掻き混ぜた。髪が乱れて、水と雪が散る。

「そっかな」

 意に反して、研究者は濡れた栗色の髪の間から弱々しく笑んだ。男が目を見張る。それから微笑みを返された。珍しい、弱々しく居たたまれないような笑みだった。

「大丈夫だよ。皆、信頼してる」

 何とか元気付けようとしてくれているのだろう。男は快活に笑って見せた。けれど、言葉が上滑りしていくのが痛い程に解る。彼はもっと嘘の上手い男だった筈だ。

 若く、そして新しいリーゼ・マクシアとエレンピオスの希望は呟く。自信などない。

「……そっかな」

 指が、再び石碑に彫られた字をなぞる。溶けた雪が、指に触れる度流れ落ちた。

 指を、男は押し止めた。僅かに腰を屈めて視線を合わせると、微笑む。

「平気だろ」

 言われて、研究者も笑んだ。碧の瞳に、優しい色が一瞬宿る。風が吹いた。栗色の髪と、風雪が踊る。平気だよ。男は繰り返す。研究者は頷いた。

「平気なんだろうね。世界は」

 自虐的に研究者は笑む。研究者として生きることを選んだばかりの少女は笑む。優しい色は掻き消えた。

 風が、雪を撒き散らした。

「でも、ジュードがいない」

 俯き、研究者は呟いた。力なく落とされた細い肩を見ながら、男は唇を噛んだ。研究者の、栗色をした柔らかい髪に、雪がちらつく。

 研究者の故郷には雪が降らない。死んだ後は、ニア・ケリア霊山の見えるところで眠りたい。遺言に従って、墓は海を越えた遠い北の国に建てられた。そう度々、源霊匣の研究を差し置いて来ることの出来る場所ではない。解っている。研究は、世界の、未来の為にどうしても必要なものだ。

 だから、さみしい。

「わたし、ひとりになっちゃった」


 ひとりだ、と繰り返す少女の身体をアルヴィンは抱いた。背に腕をまわすと、あやすようにさする。ひとりになっちゃった。もう会えない。幼馴染みを失った少女は言う。

 墓は空だった。遺体は見つからなかった。けれど、生存は絶望視された。崖下からは馬車の残骸が、下流からは血の付着した衣服の切れ端が発見された。同じ頃、付近の住民が増水した川を流れていく暗い色をした人の髪に似たものを目撃している。事故現場付近は、もう掘り返す場所もないくらいに手を尽くして探した。方々に捜索の手を伸ばし、懸賞金もかけた。しかし、そのどれもが空振りに終わった。一片の手懸かりも見つからなかった。努力は日を追うにつれ、段々と虚しくなった。

 捜索は、六節続いた後、打ち切られた。

 リーゼ・マクシアが偉大なる源霊匣の第一人者の死を発表し、彼の研究を幼馴染みの少女が正式に引き継いだのは、その更に二節後だった。

「……信じてたのに」

 柔らかく濡れた栗色が、アルヴィンの胸元で震える。手袋を外して雪を払うように、アルヴィンは撫でた。

 彼女は最後まで諦めなかった者達の一人だった。最後の最後まで捜索の打ち切りを渋り、その後は研究が他の者の手に引き継がれることを渋った。まだ約束が果たされてない。リーゼ・マクシアとエレンピオス、人間と精霊、その両者を結ぶ約束がまだ残っている。頑なにそう言って譲らない彼女の扱いには皆困ったが、彼女の信じるものを誰も否定しなかった。

 本当は誰もが、彼女の、彼女の幼馴染みの生存を頑なな程に信じたかったのだろう。少しの希望を捨てきれなかった。アルヴィン以外の誰もが信じていた。

 レイアの嗚咽は止まない。アルヴィンは震えるその背を、冷たいままの手で暖めるようにさすり続けた。

 そんなことで自分の罪が減るとは思わなかった。だが、彼はそうした。泣いている者を慰めるには、他にどうすればいいのか分からなかったし、また知っていたとしてもきっとどうすることも出来なかった。

 ジュード・マティスは死んだ。それはもう変えられない。アルヴィンは曇った空と、そこに力なく靡く半旗を見上げた。


 雪は淀んだ空から降っては溶け、溶けては降り出して世界を白く変えていった。

 泣けたら楽になれただろうか――石碑の文字、彼の名前を追いながら、アルヴィンはぼんやりと考えた。










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