ありがとう御座いました!
今後とも、よろしくお願い申し上げます。

『政宗、信州の蕎麦を喰う。』
BASARA 幸村×政宗。 現パロ。 



 新しい年を迎えるまであとひと月足らずと云う頃の事だ。
伊達政宗がその日たったひとコマの講義の為に登校し、半ば消化試合的な90分を耐え抜いて
昼前に帰宅した途端、玄関先で待ち受けていた真田幸村が嬉しそうな貌をして、政宗殿、これ
をご覧くだされ、と通販会社の段ボール箱を指さした。
あんたが通販で何か買ったってか。珍しい。そう口にすれば、この男は違います違います、と掌
を振り、それがしの実家から物資が届いたのですよ、と答えながら件の箱をごそごそと探り始め
る。
こいつの実家は信濃の方だったか。何が美味いんだっけ。政宗はそう思い、この男が物資とし
か言っていないにも拘わらず、その箱の中に入っているものを食い物と断定した自分が少し厭
になった。
「蕎麦です。」
まるで政宗の浅ましさを見透かした様な抜群のタイミングで幸村が声を上げる。敢えて返事をし
ないでいたら、この男はまさむねどの、そばです、ともう一度同じ言葉を繰り返した。
「信州の蕎麦は日の本一の美味さですぞ。」
幸村が餓鬼みたいに蕎麦を高く掲げ、それがしは山菜と一緒に戴くのが好きなのです、と訊い
てもいない事を口走る。この男がテンションを上げれば上げるほど政宗の気分は落ちた。しかし
そんな政宗の心中など知りもしない幸村は、政宗殿は鴨南蛮ですか、鰊ですか、どちらも捨て
難う御座りまするなぁ、と上機嫌でさらに続ける。
「人を食いしん坊キャラ呼ばわりすんな。」
政宗の言葉にこの男は可愛らしく小首を傾げ、ちがいましたか、と恐ろしく無礼な口を利いた。
政宗殿は些か食に煩う御座りまする故、然様な印象が、などと言いにくい事をずけずけと言い、
きっとこの蕎麦なれば政宗殿にもご納得戴けると思います、と胸を張る。
「と言う訳ですので。」
唐突に幸村が蕎麦の入った袋を政宗にすいと差し出し、宜しくお願い申し上げます、とうやうや
しく頭を下げた。


 真田幸村は料理が得意ではない。と言うか壊滅的に酷い。餃子も焼きそばも目玉焼きもトー
ストもすべて同じ様な消し炭にする。さすがにこれなら大丈夫だろうと思った冷や奴すらあの四
角形を保つ事はできない。調理していないにもかかわらず、まるで煎り豆腐の様な姿になって
政宗を絶句させた。
政宗はこの男の料理?と向き合うたび、コイツ俺と逢うまで何食ってたんだろうと思う。
 そんな訳で大晦日の夜、実家から送られて来た日の本一の蕎麦を美味く食う為、政宗にす
べてを託したこの男が自分の料理の腕を正しく理解していた事に内心ほっとしながら、政宗は
年越し蕎麦を作った。
 政宗にとって年越し蕎麦と云えば、真田幸村が指摘した通り鰊をのせたものだ。しかし蕎麦
の提供者は山菜が好きだそうだから、山菜蕎麦をふたり分作る事にした。具を替える事ぐらい
どうと云う事はないのだが、同じ食卓で違うものを食っているとそれは美味いですかとか一口
戴いても宜しいかとか正直面倒臭い。同じものならそれもないと思ったからだ。
 案の定できあがった山菜蕎麦を食卓に運んだら、割り箸片手にとっとと着席していたこの男
は、政宗殿は鰊にせなんだのですか、と少し残念そうな貌をした。やっぱこいつ人の蕎麦つま
み食うつもりだったんだな。政宗はそう思いながら、伸びちまうからとっとと食いなよ、とこの男
を促す。
「政宗殿こそ。」
なるほど、こいつは自慢のこの信州蕎麦をまず俺に食わせたい訳か。
この男の気持ちは分かる。政宗も実家から送られて来た名産やら銘菓やらをまず幸村に食わ
せ、その反応に満足しながらそれらを食うのが好きだ。まぁこの男の場合、よっぽどの事がな
い限り何を食っても美味いと言うし、政宗の手によるものならなおの事、たとえそれが泥団子
でも美味いと言って食うに決まっている。
はじめの頃は何を食わせても美味いとしか言わないこの男に腹を立てたものだが、最近は随
分と慣れてきて、その「美味い」のテンションで幸村がそれをどのくらい美味いと思っているの
か大体判る様になってきた。
正直そんなスキルは要らないと思う。
けれど面白いもので、それが判りはじめると凝り性の政宗は確実なデータが欲しくなった。実
の処政宗は現在それを5段階に仕分けている。この男が濃い目の味付けを好んでいたり、辛
すぎるものはNGだったり、意外と猫舌だったりなど、そんなデータもすべてこの男が何かを口
に入れて発する「美味い」をもとに収集したものだ。
今日の蕎麦つゆもそのデータをもとに調整した。少なくとも真田幸村にとっては確実に美味い
筈だ。

「政宗殿、どうぞ。」
真田幸村が割り箸を手渡しながら、まるで自分の手によって作られたものの様に勧めてくる。
メインの蕎麦はこの男のものだからそれも仕方ない。
手を合わせ、いただきます、と唱えて蕎麦を二筋三筋口に運んで、政宗は感嘆の声を上げた。
「…美味いなこれ。」
舌触りも喉越しも言う事ない。自分の調整しためんつゆも、まるで添え付けのつゆみたいに馴
染んでいる。真田好みの味をと思い作ったものは、自分自身にもかなりマッチした。
これは珍しい事だ。
それを見た幸村が嬉しそうに笑み、いただきます、と声を張る。この男は器の中の蕎麦のおよ
そ半分位を一気に箸ですくい上げて口に運び、何やらおかしな声を上げた。
どうやら「すばらしい」と言っているらしい。
わかったわかった、せめて口の中のものを全部片付けてから言葉を発してくれ。困惑して告げ
ればこの男は何度も頷いて大量の蕎麦を一気に飲み下すと、これまで見た事もない位に凄ま
じい笑顔を浮かべ、やはり政宗殿は天才です、とこれまでに聞いた事もない位に良い声で言
った。
「なにそれ。」
政宗が堪え切れず笑いながら訊ねれば、この男は大きな眼をきらきらと輝かせ、それがしこの
蕎麦を斯様なまでに完成させた人は他に知りませぬ、などと言う。それもまたやたらと良い声
で言うものだから、ツボに入りまくって笑いが止まらなくなった。
普段の真田幸村は大層な濁声だ。まぁ政宗自身、自分が言えた義理ではないと思っている
が、真田幸村の濁声はとにかく酷い。まさかこの男からこんなに良い声が出るとは思いもしな
かった。
だからその声に対して何それって言ってンだってば。政宗は食卓に突っ伏して笑いながら、俺
が天才なのは知ってる、と心中で呟く。

 このとびきり美味い蕎麦はどうも今年中に食い終わる気がしない。











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