政宗と共に戦場を駆けるようになり、ますます元親の中で印象を深めていくものがある。
それは、政宗は俊敏性によって成り立つ人間だと云うことだ。人並み以上に優れた身体能力、戦うためだけに鍛えられた繊細な筋肉が描く六爪の軌道は滑らか、更に五体の隅々にまで張り巡らされた細かい神経は脳の命令を迅速に四肢へと伝達し、電光石火の攻撃を打ち出す。その柔と剛を備えた動きと、鋭い爪が繰り出す苛烈な斬撃を眼にするたび、元親は目を細めて思うのだ。この男の中には、未だ獣めいた本能が色濃く残っているに違いないと。
しかし、だからといって獣同士仲良くできると云う訳でもないらしい。
にゃあ、と一声高く鳴いた猫は素早く部屋の隅へと逃げると、手を伸ばした格好のまま固まっている政宗に向かって低い唸り声を上げた。
「可愛くねえ」
「そんなことねえぜ。ほら、見てろよ」
心底面白くなさそうに言う政宗の横に並び、猫の鳴き真似をしながらチッチと指先を振れば、それまで毛を逆立てていた猫は途端に表情を崩して元親の指先へと顔を擦り付けた。胡坐を組んだ膝の上に乗せても抵抗せず、そのまま身を丸めようとする猫に思わず微笑が漏れる。
「ほらな。可愛いもんだろ?」
「俺には懐かねえくせに。ますます可愛くねえ奴だな」
そう言って政宗は再度猫の頭を撫でようとしたが、しかしそれも猫の鋭い爪の襲撃に合って敢え無く失敗に終わった。憮然とした表情の政宗には悪いと思いながらも、元親は笑みを更に深くして柔らかな獣の喉を撫でてやった。ごろごろと鳴る喉の感触を指先で楽しむ。
この猫が開け放たれた障子の間を縫って、するりと室内に迷い込んで来たのはつい半刻ほど前のことだった。それ以来ずっと政宗は澄ました顔で畳の上に腰を下ろす猫の頭を撫でようとするのだったが、猫の方には何か感じるものがあったらしく、決して政宗には触れさせようとしなかった。
半ば意地になって猫に腕を伸ばす奥州筆頭の丸まった背中を眺め、一人元親がほくそ笑んでいたことに政宗は気付いていないだろう。一分の余裕も崩すことなく戦場を駆ける男が、猫相手に必死になっている様子は中々微笑ましいものがあった。
「お前、もしかして猫に嫌われやすいタチとか?」
「んなこたぁねえな。今まで特に好かれたこともなけりゃ、嫌われたこともねえ。こんなに嫌われたのはこいつが初めてだ」
特にこの猫に対して何か悪さを働いた訳でもない政宗は、何故自分がここまでこの猫に嫌われるのか分からない様だった。一方、猫の方はと云うと勝気そうな眼で政宗の動きを注視し、再び政宗が腕を伸ばして来ても素早く反撃に出れるようにしている。
変わった猫だ。そう思うも、何故かこの猫が嫌いになれない元親だった。
「何でこいつ、お前には触らせようとしねえんだろうな」
猫は元親の膝から降りようとせず、身体を崩し我が物顔で膝の上を占領している。どうやら元親が触れる分には何の問題もないらしく、その足の裏の柔らかな肉球を押されても特に嫌がる気配は見せなかった。
しかし政宗はそんな猫の様子を眺めながら、先程までの執心ぶりは何処へやらといった口ぶりで言った。
「別にもういい」
「さっきまであんなに触りたがってたくせに、急にどうした?」
妙に気が変わり易い所がある奴だよな、と思いながらも未だ猫の肉球から指を離せずにいる元親の上へと、暗い影が掛かった。何事かとようやく顔を上げれば、すかさず元親の鼻先を捉えた政宗の唇が降って来る。
「Ah,猫で遊ぶ代わりにチカで遊ぶからな。だからもういい」
いつの間にか近づいて来ていた政宗の目が、すぐ近くで三日月形を描く。まるで猫の様だ。そう感じた瞬間、元親は天啓を得たように遂に政宗が黒猫に嫌われる理由を理解したのだった。
―――同属嫌悪。猫はどうやらその小さな鼻で、政宗に自分と同じ匂いを嗅ぎ当てたらしい。
自分の冴えた閃きに、元親は我慢しきれず噴き出した。そう云えば何処かこの猫は政宗に似ていると思っていたのだ。黒のしなやかな身体つき、金の吊り上がった目。そして何よりも元親にしか懐かないところだ。
くつくつと喉を鳴らし続ける元親の顔を覗きこみ、やはり此方も笑みを浮かべたままの政宗が問い掛ける。
「随分とご機嫌じゃねえか。何がそんなに面白えんだ?」
「ああ、気にすんなよ。別に何でもねえ」
「教えろよ」
「嫌だね。ぜってー言わねえ」
未だ肩を揺らし続ける元親へと、図体の大きな隻眼の猫が徐々に体重を掛けて来たが、元親はそれに逆らうこともせず、じゃれつくように着流しの背中へと腕を回した。
迫ってくる身体の隙間から逃げ出した猫が、なーお、と寂しげに鳴き声を上げる。しかし今の元親には黒猫よりも目の前の猫の方が大切で、合わせられた唇から意識を逸らす訳には行かなかった。
一方を可愛がったなら、もう一方を可愛がらない訳にはいくまい。猫にもそこは分かって欲しいと思う元親なのだった。
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